からの週末20201002(金)
これほどまでに〝必読〟なカレンダーがかつてあっただろうか?
▼突然ですが、みなさまは、特定の誰かとお約束の会話というのがあったりしますか? 僕の場合、真っ先に思い浮かぶのが大後輩Jくんとのやりとり。Jくんがプロデューサーを担当している気仙沼漁師カレンダーという仕事で、1年に1回ぐらい繰り広げられるのが「なんでライターだけ変わんないんだっけ?」「なんででもです!」というお約束ラリーだったりする▼そうなのです。この気仙沼漁師カレンダーは、毎年カメラマンさんとデザイナーさんが変わっていて、なのにライターだけは僕がレギュラーのように担当させてもらっている。いや、毎年やらせてもらえるからこそ書けるようになったことがたしかにあるのでありがたさしかなく、むしろやりがいがありまくる仕事なのだけれど、たぶんふたりとも酔っぱらっていたある夜にふと気づいたのだと思う。<あれ? なんで俺だけ毎年書かせてもらっているんだろ?>って▼そもそも、なぜにカメラマンさんとデザイナーさんを毎年違う方にお願いしているかというと、ある時、気仙沼漁師カレンダーのクライアントである気仙沼つばき会というチームの女性たちが、こんなことを相談したことから始まっている。新しい気仙沼の名物を作りたい→気仙沼の宝ってなんだ?→漁師だべ!→カレンダーを10年作り続けるってどうだぁ?→それだっぺ!(活字ではうまく表現できないけど彼女たちの方言はかなりかわいい)となり、プロデューサーを任された順平くんは考えに考えて考えたそうです▼そしてある日、ナイスな作戦を思いつき、こんな自問自答をしたそうです。日本を代表する錚々たる写真家に一期一会として漁師さんと向き合ってもらうのはどうか。それだっぺ! だったらデザイナーさんも毎回違う方にお願いして、クリエイティブのケミストリーを期待するのはどうか。それだっぺ!と、実際に方言だったかどうかといえば、Jくんは東京生まれ東京育ちなのでそんなはずはなかっただろうけど、とにかく、カメラマンさんとデザイナーさんは一期一会で決まり、となる▼だのになぜライターは固定なのか? たぶんはじめてのその会話の時にJくんは、ちゃんと答えてくれたと思う。なんだったら、固定される理由として、ライターとしての僕をちょっと褒めてくれた可能性すらある。でもなぁ。なにせ酔っ払っていたものだから、なにを言われたか全然覚えていないし、いまでは1年に1回ぐらい「なんででもです!」とお約束の返しが聞けるほうが楽しくなってきている▼ところが、今年の気仙沼漁師カレンダーで僕は書かないことになった。つまり、別の書き手が登場するのだが、打ち合わせの席でその人に書いてほしいとお願いしたのはほかならぬ僕だった▼自分がかかわらせてもらうようになって以来、錚々たる写真家の方々が気仙沼漁師カレンダーの撮影を担当している。以下敬称略でお届けすると、浅田政志、川島小鳥、竹沢うるま、奥山由之、前康輔。そして2021年版が幡野広志である。写真が素敵なことはもちろん、『なんで僕に聞くんだろう。』などの書籍もヒット、文章の連載を多数抱えるあの幡野さんである。ならば、幡野さんでしか描けない、写真と文章のコンボによる、気仙沼の漁師さんを見たいし読みたい。いま考えると自分の仕事がなくなっちゃうのになぜにそんなことを相談したのかというと、たぶん、興奮していたのだと思う。幡野広志という写真家をこのタイミングでキャスティングしてきた、大後輩Jくんのプロデューサーとしての仕事ぶりに▼漁師カレンダーでの僕のクレジットは、編集・インタビューだったのだが、今回の僕は編集に徹する立場となる、けれども、振り返ってみるとたいしたことはできなかったなぁと思う。というのも、Jくんは気仙沼の人々から信頼されまくっているから、とくに現場で僕なんかがフォローすることもない。しいて言えば、しでかしたことはあった▼春の撮影だったと思う。朝、Jくんが焦った声で「いま、どこですか?」と聞いてくるので「移動中だよ!」とキレ気味に答えたすぐあとでハッとする。なぜだか待ち合わせを1時間うしろに勘違いして移動していたのだ。やっちまった。これは、大の付く遅刻というやつだぞ。Jくんの電話ごしに〝正解〟の新幹線が旅立っていく。東京から気仙沼に行くには、新幹線で一ノ関、一ノ関から大船渡線なのだが、列車の便数が多くはない。気仙沼漁師カレンダーを任せられた時のJくんほどではないけど、僕は考えに考えて考えた。そしてナイスな作戦を思いつく。<そうだ、お金で解決しよう>。まさかの一ノ関からタクシー。驚愕の1万円以上の出費。お金様のおかげ様で、なんとかギリギリで最初の取材開始には間に合ったけれど、Jくんは「経費じゃ落ちませんからね!」と笑ってくれた。笑ってくれたのがありがたかったし、自腹だなんてもちろんですよという話だが、なによりも編集者が遅刻ってどういうことだよって話だ▼そんなこんなで、僕自身はなにもしてしていないに等しい気仙沼漁師カレンダー2021が本日発売された。選び抜かれた写真に目を奪われる。表紙を飾るタラ漁に同行させてくれた漁師さんのやさしい笑顔の横顔からして幡野さん節が全開だと思う。その上で、これほどまでに読みごたえのあるカレンダーがかつて存在しただろうか?とやっぱり思う▼14篇の文章は幡野さんにしか書けないであろうオリジナリティにあふれていた。ライターとしての嫉妬も当然のごとくあるがそんな感情を超えて感動するし<来年どうしようっかな?>とも感じている。この作品のあとはそうとう頑張んないと〝レギュラーライター〟としてまずいぞ、と静かに気合いを入れている今日この頃だったりします▼さて、最後に。気仙沼漁師カレンダーが発売された良き日、大後輩順平くんが入籍をした。おめでとう。入籍のお祝いには、同じく本日の発売で、順平くんだけでなく奥様も大好きな『鬼滅の刃22巻』を2冊、おそろいでプレゼントしようと思う(唐澤和也)