20250903(火)
いやいやいやの夏
▼「原付でちょっと行ってくるね」と母が言う。買い物の話だ。お盆のタイミングで帰省していた8月13日のことだった。「いやいやいや」と僕。全力でとめたのは、母が83歳の高齢であるというだけでなく、つい1か月ほど前まで入院していたからだ。「大丈夫だって」と母が続ける。「いやいやいやいやいや」と、さっきより長いストロークで否定する息子。間をとって、ふたりで歩いてスーパーへ行くことにした▼なにとなにの間なのかはさておき、お盆だというのに、外は暑い。しかも、東京よりも愛知県豊川市のほうが暑い。母は赤と薄いグレーと何色かよくわからない色が混ざった3色の小洒落た日傘をさしている。息子は安物のサングラスをかけた。ゆっくりと歩く母のペースにあわせて、メモにも記憶にも残さなくていいようなゆるい話をしながら、スーパーへと向かった▼お盆の2日間はずっと食べて、かなりの時間を眠ってすごした。すき焼き、お刺身、茶碗蒸し、茄子の煮浸し、きゅうりの酢の物、茹でたとうもろこし……居酒屋陽子(母の名前です)は絶好調だった。そして、睡眠。よくもまぁ、あれだけ寝られたもんだと思う。いくら、お盆前後の締め切り天国で働き詰めだとはいえだ。たぶん、ノートパソコンを持っていかなかったのがよかったのだろう。いや、違いますね。なにを照れてるんだって話です。素直に書くのなら、やっぱり実家は落ち着くのです▼アウトドアブランドWEBマガジン編集長の血が騒ぐアトラクションもあった。アトラクションなどと言ってしまっては、父に怒られるかな。ご先祖さまが迷わぬよう、家の前で火をたく「迎え火」という行事。この迎え火、大学生の頃に父とやった記憶がある。新聞紙と「おがら」、短い薪を組む。父は自衛隊仕込みの技でサクッと火を起こしていたが、当時の僕は見ているだけ。なぜなら、不器用だから。でも、いまや編集長だし、そもそも父が迷わないためのアトラクション、ではなくて行事である。サクッと火をつけると、姉と母が「おぉぉ!」と拍手をしてくれた。恥ずかしい。たき火的に火をつけただけなのに。けれど、不器用だった昔を知っているふたりにとっては、当然のスタンディングオベーションだったのだろう▼そして、9月。あいかわらず日中は暑い。けれど、夕方以降に吹く風は、秋の気配をまとい始めた。もうすぐバイクも届く。今年の夏は「いやいやいや」と言いつつ、悪くない夏だった(唐澤和也)