20250725(金)
しでかし
▼どうやら、この3週間の僕は、大変だったらしい。記憶がほとんどない。ようやく落ち着いてこの原稿を書き始めて、はたと気づいた。「タイトル近くの日付、間違ってるじゃん」。2025年のつもりが、堂々と2026年。時空がねじれるにもほどがある。しかも、3週間分の3本とも。ライターとしてあるまじき〝しでかし〟だけど、これはこれで記念として、そのままにしておこうと思う▼というわけで、今週は、我がライター人生の〝しでかし〟についてフォーカスしてみる。まず、思い出されるのは、寝坊だ。27歳の頃だった。目覚ましの音じゃなく起きると、はっきりしない頭に違和感が漂った。「ハッ!」として時計を見る。「あっ!」と声を漏らしながら立ち上がる。なのに、急げずにその場をぐるぐると回ってしまう。まるで、おバカな犬が自分の尻尾を追いかけているように。起きた場所は東北沢。行くべき場所は東京駅。仙台への出張だった。焦る。東北沢と東京じゃあ、漢字ひと文字はかろうじて合っているけど、ぜんぜん違う。いまでも相棒のカメラマン関くんとの仕事だった。彼が機転をきかせてくれて事なきを得るのだが、そのフォローがなければこの業界から干されていたかもしれない▼次に思い出された〝しでかし〟は、忘れものだ。某大物芸人のインタビューで、写真撮影のためのロケハンをしていた時のこと。「ここで撮影しよう」とカメラマンと決めて、時間が余ったので喫茶店でコーヒーを飲んでいたのだが、カセットテープレコーダーを忘れてきてしまう。録音がちゃんとできているか確認しようと試したあとで、そのまま置きっぱなしにしてしまったのだ。さぁ、大変だ。その芸人は大物であるだけでなく、強面としても知られていた。ない、レコーダー。焦る、僕。夏だったけれど、脇汗がにじむというより流れ落ちる。カメラマンが喫茶店に走って取りに行ってくれているが、大物を待たせるわけにはいかない。さぁ、どうする? 僕は速記することにした▼ここで、ライターになる前、劇団の裏方での経験がいきる。僕らの劇団はコントを中心にやっていたので、台本をベースに、アドリブでネタをふくらませていくことがよくあった。アドリブなので、演者は全部のセリフを覚えていられない。なので、僕が速記で残しておき、次の台本にそのアドリブ部分をプラスしていたのだ▼その大物芸人は、関西弁で、やたらと早口だった。僕はその人にわざと見えるように速記のメモを続けた。(レコーダーはないけど、完璧にメモってますよ!)アピールだ。もちろん、質問も重ねる。必死だった。でも、絶対にバレていたと思う。なのに、その人は怒らなかった。僕の質問に的確どころかおもしろみを加えて淀みなくしゃべり続ける。10分ぐらいがたった頃だろうか。汗だくになったカメラマンが、喫茶店から僕のカセットテープレコーダーを持って帰ってくれた。それを受け取り、あたかも当然のように回し始める僕。人によっては「やっぱり、忘れてたんかい!」と怒るタイミングだった。でもその人は(こいつ、度胸あるな)とでもいうようにちょっと笑って、おもしろい話を続けてくれたのだった▼寝坊も忘れものも、いま思い出しても、胸のあたりがぎゅっと詰まる。カセットテープレコーダーだなんて何年前の話だよというぐらい時間が流れているというのに。ちなみに、某大物芸人のインタビューの際に汗だくになって喫茶店まで取りに走ってくれたのも、いまでも相棒の関くんである(唐澤和也)