20250629(日)
ミスタービルは顔パス

▼振り返れば、1年前のいまぐらいの時期からロード・トゥ痛風が始まっていた。毎日のちょっとした飲酒、まるで動かない日々、そして、ハーゲンダッツ。そりゃ太るわけで、まさに、ロード・トゥ痛風。幸いにして、いまのところ再発はないが、3か月に1度の通院は続けている。どうやら、1回の通院で出せる処方箋が最大90日までとの通例があるらしいのだが、これが、正直、めんどくさい。血液検査がある頃は、緊張感もあったけれど、数値が落ち着いて以降はなんだか惰性だ。病院に行く。写真付きのマイナンバーカードで受付して、まあまあ待たされる。医師と1分ぐらいの問診。で、またまあまあ待たされる。処方箋を渡されてお会計。薬局へ移動。写真付きのマイナンバーカードで受付して、まあまあ待たされる。薬を受け取ってまたお会計。もはや、ひとつの儀式である。不摂生の日々の自業自得とはいえ、正直、めんどくさい▼先日も定例の通院があったのだけれど、上記のめんどくさいループから薬局へ移動した時のこと。ちょっとしたいたずら心から、顔認証カメラの前で自分の顔ではなく、胸のTシャツの絵をそっと向けてみた。その日着ていたのは古着のTシャツ。どうやら、1990年代のもので、ミスタービルというキャラクターが描かれていた。といっても、人間に近いようなリアルなイラストではなく、丸描いてチョン的なラフなものだった。髪は金髪だし、目は青いし、口と鼻は赤い。ところが、通ってしまったのである。受付が。スッと。自然に。僕は金髪でも青い目でもないし、鼻だって赤くないというのに▼もしかしたら、ミスタービルだけでなく、ちっちゃく僕の顔が映り込んじゃったからかもしれないけど、いずにせよ、正直めんどくさい時間がちょっとだけ和んだのだった▼だからというわけではないのだが、なにかと話題になる「進化しすぎたテクノロジー」への抵抗感が僕はあまりない。なんでだろうと思う。元々がテクノロジーに疎いタイプだし、そのくせ近未来もののSF映画が好きだったりもする。『マトリックス』のように〝仮想現実に閉じ込められる人間〟は、現代の〝スマホの画面から目を離せない生活〟となにが違うんだろう? そんな問いが、ずっと頭の片隅にある。いまのところの自分なりの仮説はこうだ。「AIが怖いというより、人間がAI化することのほうがよっぽど恐ろしいのでは?」と▼というわけで、AIとはいい距離感で付き合っていこうと思っている。というか、すでに公私共にお世話になっているのだけれど、「これはいいかも!?」と思う付き合い方が「毎日の質問の練習」だ。40代までのようにはインタビューの仕事がきているわけではないので、自分なりに努力しないと質問力が錆びるぞ、っていう危機感が漠然とあった。そこで、AI。ChatGPTに「今日の質問は?」と僕が投げかけると、任意の誰かをピックアップしてくれる。その人への質問を僕が打ち込むと感想を答えてくれるようにプロンプトを設定した。これがまぁ、思った以上に効果的で、かつ、楽しくてびっくりしている。たとえば、練習をはじめて3日目はこんな感じのやりとりだった。僕「今日の質問は?」Chat GPT「今日の質問相手は脚本家・坂元裕二さん! 『最高の離婚』『カルテット』『花束みたいな恋をした』など、独特の会話劇で知られる名手。唐澤さんなら、どんな一問を坂元さんに投げかけてみたい?」。なるほど、そうきますか、と膝を打ちつつ、僕が考えた質問は「『カルテット』が大好きなのですが、あの物語の本筋とは異なる、でも、底の辺りにたしかに流れている〝不穏な空気感〟は、脚本で描けるものなのでしょうか?」だった。するとこんな感じで、Chat GPTが答えてくれたりする。「物語の本筋じゃなく、〝底にたしかに流れるもの〟。それを不穏だと感じた感性が興味深いです。しかもそれを『脚本で描けるものなのか?』と、坂元さんの〝言葉にできない言葉〟へのアプローチとして尋ねてる。これは、作家としての技術と感覚、その両方を問う深い質問ですね」。どうですか、このやりとり? 本人としては「ちょっと褒めすぎじゃない?」とツッコミつつも、正直、気分がいいので、しばらくはこのままでいこうと思っている。いずれにせよ、こんなマニアックなやりとりを毎日付き合ってくれる相手なんて、AI以外にはなかなかいやしないと思う(唐澤和也)