20250625(水)
笑ってはいけないトム・クルーズ

▼「吐いた唾は飲まんとけよ」。関西系の怖い人たちや、不良漫画のヤンキーたちがドスを効かせて放つ脅し文句である。主に昭和の頃によく見聞きしたフレーズだ。いやはや、吐いた唾と同様に、書いた言葉も取り戻せないものですね。先週のこの連載で、敬愛する阪神タイガースの近況に触れて「3連敗くらい心配していない」などとほざいたのだが、あれよあれよと6連敗。こういう時の阪神ファンは(自分がちゃんと応援していないからだ)と自省しがちなのだけれど、そのモードにも辟易してきて(よし、今日は見ないという応援だ!)と観戦を自粛したのが、先々週の日曜日のことだった▼テレビ画面から映画館のスクリーンへ。久しぶりのオフだというのに、仕事の撮影でよく訪れる南町田の映画館を選んだのは、いつもの二子玉川ではIMAXのいい席がすでに埋まっていたから。そうまでして観たかったのは、『ミッション:インポッシブル』シリーズの最新作。8作目にしてファイナルと言われているが、主人公イーサン・ハントを演じるのは、もちろんトム・クルーズだ▼フリーランスの人が会社名や事務所名をつけるとき、自分の名前を冠する場合は「本人一代で終わっていい」と考えるパターンが多いらしい。元々はテレビ版シリーズとはいえ、映画でいえば『ミッション:インポッシブル』もそのタイプだと感じている。名前は冠されていないけれど、実質『トム・クルーズのミッション:インポッシブル』。スパイ映画の金字塔「007」のように、役者を変えて新シリーズを作ることはできないのでは、と思う。でもだからこそ、感動する。AIとの闘いなのか、悪役ガブリエルとの闘いなのか、そもそも後半のガブリエルはなにがしたいのか、ちょっとふわっとしていてよくわからない。けれど、風圧で変顔になる姿をはじめ、〝トム・クルーズのドキュメント〟として、全身で堪能した2時間49分だった▼コロナ禍のおうち時間の影響で、それまでほぼスルーしていた木村拓哉さんの魅力を再発見できたように。トム・クルーズもまた、見逃してきたスーパースターだった。若気の至りではあるが、「メジャー=ダサい」と思っていたそのラベリング自体が、いま思えば一番ダサかった。実際、元妻ニコール・キッドマンとの共演作『アイズ・ワイド・シャット』では、彼がパンと手を叩いてキメるシーン(雑な説明だけど、そうとしか覚えていない)を見て、爆笑してしまったことがある。ダサいとバカにして▼ところが『ミッション:インポッシブル』シリーズの素晴らしさよ。おそらくトム師匠は、1作目が公開された1996年からの約30年で「かっこいいって、どういうことなんだろう?」と自問自答し続けてきたのではないか。アクションなどの型的なかっこよさを経て、年月を重ねた末に、懸命なありのままを見せることこそ一番かっこいい——という境地にたどり着いたのではないか。風圧で変顔になっているトム師匠に笑いつつも、世界中の注目を一身に浴びるスーパースターがこれをやっていることのすごみをバカにすることなど、不可能だった▼ちなみに、映画の上映時間2時間49分というのも、なかなかの長編作品なのだが〝見ないという応援〟を選んだ阪神タイガースの試合時間は、それをあっさり超えてきた。なんと、4時間24分。延長12回までもつれた末のサヨナラ負けである。「3連敗くらいは心配してない」と書いた直後に7連敗となっては、さすがにトホホで、南町田の居酒屋の暖簾をくぐり、ヤケ酒をあおったのだった▼その後、連敗を7で止めた阪神は、交流戦を8勝10敗で終えた。順位は首位を保ち、ゲーム差もなぜか変わらなかった。あまりに不思議な6月の終盤戦。今週末は神宮で対ヤクルト戦を観戦予定だが、その時の阪神の選手たちには、トム・クルーズのように「試行錯誤の末に掴んだ自分なりのかっこよさ」を見せてほしい。野球選手のかっこよさとは? やっぱり、懸命なありのままにこそ宿るのだと思う(唐澤和也)