20250608(日)
がれる人生

▼おっさんは、いつの頃から自分のおしりを見られても恥ずかしくなくなるのだろう▼整骨院に、週2回を理想として通っている。ここのところのルーティンは、月曜と金曜の朝9時20分から。通院のきっかけは、3日で治った五十肩だった。3日で治る五十肩はあまり実例がないらしいので、もしかしたら、五十肩ではなかったかもだけど、バキバキと鳴らしてくれる腰・背骨・首の整体が心地よくて通い続けている。保険治療がきくのでリーズナブルなのもうれしいし。そんなわけで、通院から4年ぐらいが経過したが、ひと昔前の整骨院と違うのは客層だ。かつては、中年から初老の人オンリーだったのに、若い女性もふつうに通院している▼若い女性もふつうにいるその整骨院で、僕の背骨がバキバキと小気味よく鳴らされていたある日。院内には、うつぶせに寝られる診察台が7つほどあり、その日の僕は縦に2列並んでいる手前の診察台で整体中だった。先生いわく、おおむね良好だけど右腰にちょっと張りがあってそれをかばうせいかやや左側に身体がねじれてしまっているとのこと。なるほど。右腰ね。診察台の先端に座って左から右へと身体を回してみる。と、左から右へと動いた視線が強烈な違和感を察知した。おしりだ。ぷりんとしたおっさんのおしりだ。朝9時半頃の大都会で惜しげもなくあらわになっている半ケツの正体は、僕の診察台の縦方向に並んでいるもう1台でうつ伏せになったご同輩のもの。腰に針を打つためにズボンをずり下げたのだろう。経緯は理解できたが、込み上げる感情が整理できない。笑うのをこらえ、「おしり見えちゃってますよ?」と声をかけたい衝動も必死に抑えて、代わりに、見回すことにしてみた。普段は若い女性もふつうにいる整骨院だが、今日は大丈夫。よかった。いや、なにがよくてどう大丈夫なのかわからないが、その日の院内の平均年齢は幸運にも高かった▼というか、ご同輩は若い女性が院内にいても平気だった気がする。それぐらい堂々として照れのないおしりだった。そんなことよりも不思議なのは、4年の通院歴で、おしりとの遭遇がはじめてだったこと。そもそも女性客が針治療を受ける場合はカーテンを締め切って個室化されているし。ということは、初遭遇の可能性は「ご同輩が半ケツでもOKと承諾した」か、「そもそもおっさんだったら半ケツOKだったのだが、この4年間は偶然にも遭遇しなかっただけ」の2択が考えられる。どちらにせよ、僕がココで針治療を受けることはないだろう。ご同輩と同様のおっさんだけど、まだまだ未熟者な僕は、あんな感じでぷりんとされてしまったら恥ずかしくておしりまで真っ赤になってしまいそうだから▼整骨院にはいろんな人が訪れる。うつ伏せになって目を閉じて治療を受けていると耳からの情報感度があがる気がする。最近聞こえてきたのは、これまたおっさんのものだった。横並びの診察台、僕の左側から聞こえてきたのは「焼き鳥屋勤務」「仕込みからずっと立ち仕事」「腰に痛みあり」というキーワード。うつ伏せ状態で目を閉じて、その人生を夢想してみる。声のトーンから想像するに、チャラいタイプの方ではなく、謹厳実直な職人然とした半生をすごされたのだろう。だとするのなら、腰の痛みはずいぶん前からあったのではないか。でも、職人がこれしきの痛みで音をあげるだなんてと、我慢して我慢して、もうダメだと意を決しての今日だったのかもしれない。ココの治療の特徴として身体のかなり深部への指圧マッサージがあるのだが、先生が「ここですね?」と刺激すると返事の代わりに「うぅ……」と悶絶していた。3日間限定だったけれど激痛だった五十肩を思い出した僕は、左側のその人に心の内で「頑張りましょう」とエールを贈った▼最近「がれる人生」でいきたいなぁとよく思う。自自身がおもしろい人間ではないので余計にそう思うのだが、だったらせめて「おもしろがれる人」でありたいと願う。昨日のプロ野球でもそう。我が阪神タイガースの大竹投手のハエが止まりそうな73キロの遅球がデッドボールとなるのだが、当てた大竹投手だけでなく当てられた打者が(避けれなくてごめん)と謝っていたのは、かなりのがれる瞬間だった。梅雨がくる。蒸し暑い季節も引き続き、がれますようにと願う週末です(唐澤和也)