20250426(土)
南山とんかつ
▼なぜか無性に、とんかつが食べたくなった。渡鳥が南を目指すように、漫才コンビのボケがツッコミを求めるように、無性に。先週日曜日、時刻は正午少し前のこと。その時の僕は中目黒にいて、かつ、自転車だった。冒頭の文章で「とんかつ」と書いておいて、ここへきての接続詞が「かつ」というのは偶然にしてもうっとおしいが、自転車を路肩にとめて「中目黒 とんかつ」でグーグルマップ先生にお尋ねしてみる。すると、そこからわずか2分の山手通り沿いにおいしそうなお店があるではないか。もちろん、GO。だがしかし、この手の書き出しの文章で、すんなりととんかつにありつけるわけがない▼人は、飲食店の行列にどれぐらいの時間ならば耐えられるだろうか? 愛知県生まれ東京育ちな僕は、てやんでい気質、つまり、せっかちだ。並んで10分、いや5分が限界である。それでも、その日はとにかく無性にとんかつが食べたかったので15分ぐらいまでなら耐えられそうだった。ところが、自転車でたどりついた「とんかつ店A」の店主が言う。「すみません。いま、ちょうど満席になったところで、みなさんこれからお食事なんで、早くて30分、もしかしたら40分ほどお待たせしちゃうかもしれません」。ぎゃふん、である。無理だ、待てない。あきらめるのか、とんかつを? 幸いにも中目黒にはとんかつ以外のごはん屋さんが死ぬほどある。否。今日は無性だ。無性にとんかつだ。僕は、グーグル先生に「とんかつ店B」の所在地を尋ねた▼「とんかつ店B」は「とんかつ店A」から自転車で5分ほど走ったところにあるようだ。山手通りを目黒駅方面にひた走る。正確にはとんかつ専門店ではなく洋食屋さんのようだが、まったくもってかまやしない。だって、とんかつが食べたいだけだから。無性に。そして5分後。「とんかつ店B」の前にたどりついた僕は愕然とする。「本日は、都合によりお休みさせていただきます」。ぎゃふん2。どうする? 悩む間もなく、グーグル先生に「とんかつ店C」を尋ねる僕。もはや、中目黒ははるか後方に遠ざかり、目黒駅がどんどん近づいてくる。なのにだ。「とんかつ店C」は、張り紙すらなく、ふつうにお休みだった。お店の休日情報が不正確だったりもする、グーグルマップあるある。ぎゃふん3。どうする? こんなことだったら「とんかつ店A」で待てばよかったぜと思いつつ、なかばやけになって先生に尋ねて「とんかつ店D」へと自転車を走らせた▼はたして「とんかつ店D」は絶賛開店中であったが、あろうことか、2人の先客が並んで待っているではないか。ぎゃふん4。行列が嫌で〝とんかつ流浪〟したというのに、やっぱり行列って。時刻は12時半。空腹度は限界に近い。僕はなんだか負けたような気分で、行列の3人目に加わったのだった▼東京Xという品種の豚を食材とする「とんかつ店D」は、予想以上に美味で、かつ、大好物のほたてフライをトッピングで選べるという至福の店だった。文頭と同様にまたしても「とんかつ」のあとの「かつ」は、もはやうっとおしさを超えて愛しさすら感じるのだが、そもそもなぜに、無性にとんかつが食べたい日曜日だったのか。それは、韓国ドラマの傑作『ムービング』全20話を1日2〜3話のペースで見続けていたことに起因する。主人公の高校生・キム・ボンソク少年の母親が「南山とんかつ」というお店を営んでおり、かつ、ボンソクの母と父がデートで食べたのもがとんかつだったりと、けっこうな頻度でとんかつが登場し、かつ、やけにおいしそうだったからだ▼大満足の〝目黒のとんかつ〟後、自転車で帰路についていると、桜で有名な目黒川の風景が目に飛び込んできた。とはいえ、時期的には葉桜すら終わり、木々に花びらはない。そりゃそうだよなぁと、ふと視線を落とすと目黒川の水面にはピンク色の花びらがゆらりと流れていて風情があった。まるで、桜がこぼした涙のよう。そういえば『ムービング』でも春の桜の場面が印象的であった。同作の続編は、2026年から撮影とまだまだ先のこと。無性にとんかつが食べたくなる日はしばらく訪れないだろう(唐澤和也)