20250224(月)
風に吹かれすぎて①

▼昔の街頭テレビのように、ちょっと高いところに設置されたテレビからは、音声じゃなく字幕でニュースが流れている。その文字を追いながら、僕は左手の血管を右手で抑えていた。2月18日、火曜日。東京・目黒の病院でのこと。あとちょっとでこの2ヶ月の〝痛風部〟の成果が血液検査ででる。僕は(落ちていますように……落ちていますように)と、受験生とは真逆の願いを心の内で唱え続けていた▼昨年9月に発症した痛風。治療するためのターゲットはプリン体というよりも、高い尿酸値を下げることで、ポイントは4つ。①アルコール禁止と②水2リットル。BMI値を下げるために③ハーゲンダッツ禁止と④適度の運動。思えば、まるで強豪高校の部活のような日々だった。それ故の痛風部である。痛風部設立当初からの5か月を振り返るに、あわや廃部の危機という最大のピンチを迎えたのは12月の検査でのことだ▼尿酸値の目安は、7以上でイエロー、8以上でレッド。僕の発症時は、9.6だったから、そりゃあ骨折したかのような痛みに襲われるってもの。そんな激痛をやわらげる治療を経て、発症から1か月後の10月には7.4まで数値が下がる。とはいえ、まだまだイエロー。部活は続いた▼ポイント③と④の目標である「BMI値を下げる」は、当初は明確な理屈があっての対策ではなかった。各種WEBの情報を読むにつけ「痩せろ!」と言われている気がしたので、自主練的に取り入れただけ。ところが突然に、石原さとみさんが痛風部特別顧問に就任する。彼女がメインMCを務めるNHKの健康番組の痛風特集いわく、BMI値が高い、すなわち肥満傾向にある人は、尿酸値を作りやすい体質となるだけでなく、尿酸値を排出しづらい身体にもなると教えてくれたのだ。ってことはですよ。言ってみれば、大谷翔平とは真逆のこの世でもっともダメな2刀流ということ。というわけで、痛風部の活動では、あれだけ好きだったハーゲンダッツをはじめとするお菓子類一切禁止、および、片道20分ほどの通勤を徒歩とした結果、5キロの体重減と2ポイントのBMI値ダウンに成功する▼体重減とBMI値ダウンには、④の適度な運動と①のアルコール禁止とのあわせ技的効果も大きかった。世の痛風ビギナー、すなわち未来の痛風部の部員たちは、ビール=プリン体が高いからさけるべしと認識していることだろう。それはそれで間違った情報ではないのだけれど、各種WEB情報を読み込むと、焼酎だろうとウイスキーだろうとアルコールそのものが尿酸値を上げるというファクトに気づかされる。お酒が好きな人にとっては、目を背けたくなるデータだろう。でも、痛風部の後輩諸君にひとことだけ伝えるのだとしたら「敵はプリン体ではなく、高い尿酸値ですよ」ということ。加えて、アルコールは食欲を増す。実際、発症前から半年間の僕は、ほぼ毎日缶ビール1本を飲んでいて、それに比例して食欲が増し、当然のごとく体重5キロ増となっていた▼ところで、最大のピンチである。12月の検査でのこと。痛風部の厳しい活動は続けていたのに、なんと、数値は7.6。先生は「誤算の範囲ではある」と言うものの前回10月の数値よりも0.2ポイントほど上昇していた。マジですか?と思った。同時に僕は不貞腐れた。あの厳しい〝部活〟の日々はなんだったんだよという絶望。なのに、冷静な先生が言う。「数値が下がっていませんね。この2か月で思い当たることはありますか?」。不貞腐れた僕は「ないです」と即答する。しばしの沈黙。「本当ですか?」とでも言うように僕の目をのぞきこむ先生。不貞腐れながらも振り返るとあることを思い出した僕。「そういえば、ある忘年会でお酒を1杯だけ飲んじゃいました」。きらりと光る先生の瞳。「いや、でも、1回じゃなくて、1杯だけですよ?」。すると先生は厳しい口調でこう言った。「1杯だからって〝偉いですね、よく我慢しましたね〟とはならないんです!」。年末だというのに、57歳だというのに、東京・目黒の病院で、僕は怒られたのだった▼親しい友は病院を変えろと言う。痛風部での僕の活動を陰ながら応援してくれていたから「あんなに頑張ったのにその対応はおかしい」と。たしかに、2か月で1杯のアルコールが尿酸値に影響を及ぼしたとは思えなかったし、いまでも関係ないと思っている。けれど、なぜだか僕には別のスイッチが入っていた。(あの先生をぎゃふんと言わせたい!)。だったら、もっと徹底的にやってやろうじゃないか。1杯、いやさ、1口のアルコールすら口にすまい。そんな人体実験前後の自分を観察してみたいという興味もあった。こうして、廃部の危機を乗り越えた〝部活動〟のその後は、次週に続きます(唐澤和也)