20241209(月)
年末パンチライン
▼年賀状づくりの季節だ。数年前から、キタダデザインの北田くんにデザインをお願いしているのだけれど、この週末の打ち合わせは約30秒だった。30秒の別名は「お任せします」。クリスマスの頃には、たぶん、素敵なデザインが届くことだろう。そんなわけで、30秒後には事務所から焼き鳥屋へと移動、ちょっと早い忘年会を兼ねた酒席となった。あいかわらず僕の禁酒は続いているので、北田くんには気にせずに飲んでもらうようにお願いした。お酒を飲んでくれとお願いするのも変な話だが、すでに二桁を越える変則酒席で再確認できたのは、僕にとって最重要なのが雑談だということ。その夜もお互いによくしゃべったが、印象的だったのはプリントされた言葉であった▼「I don't want to live on the Moon.」。チラ見えして気になった、北田くんのアウターの胸にプリントされた言葉。僕の意訳では、なぜだか江戸っ子弁になっていて「オイラ、月になんか住みたかぁないね」。パンチラインだなぁと思った。北田くんいわく、『セサミストリート』で歌われた曲の題名らしい▼てなわけで、今週は「年末パンチライン」である。この世は名言であふれているけれど、個人的な記憶に残る今年のパンチラインを振り返ってみようと思う▼まず、思い出したのは、小学館の編集者・三上さんの「それを4000人全員に言って回るの?」だった。『1983年のラブコメ青春「少年サンデー」』という書籍で、校正者の赤字が戻ってきた時のこと。ある一文で校正者が引っかかって「?」が付けられていたのだけれど、それをしゃべって口で説明しようとした僕に三上さんが言ったのである。4000人というのは今回の書籍の初版部数。はっとさせられた僕は、すぐにしゃべってわかる言葉ではなく、読んでわかる言葉に修正したのだった▼2024年を振り返って思い出された別のパンチラインも編集者のものだった。こちらは集英社で『海と生きる「気仙沼つばき会」と『気仙沼漁師カレンダーの10年』という書籍の草稿時のやりとりのこと。各論を適確にチェックしてくれたその編集者は、総論としてこんな言葉を添えてくれた。「もう少し、読者を信じてみてはどうでしょう」。はっとさせられた僕は、それ以降の原稿で全部を書かず、読者にとっての自由という名の余白がある文章を心がけた▼さて、もうひとつぐらいパンチラインがほしいものである。この手の文章や企画は、3つか5つか10個か100個がしっくりくる▼あった▼3つ目は小学生のパンチラインだった。北海道・東川町のスキー少年は、取材に訪れた僕らが彼らの母親に取材をしたことを聞いたのだろう。練習が終わると僕に駆け寄り、目を輝かせてこう言った。「インタビューはまだですか?」。プロになって約30年。かくもインタビューを熱望されるというはじめての経験。2024年のパンチライン3選にとどまらず、プロのライターになってうれしかった言葉のトップ3にもランクインするものだった▼そして、いま。わりとびっくりしている。この原稿を書き終えて、北田くんのアウターの文字を写真に撮ったことを思い出して確認してみると「I don't want to leave the Moon.」とある。なんですと? となると、まったく意味は違くて、これまた僕の意訳では、なぜだか、昔の不良少女のように「あたい、月から帰りたくないの」となる。北田くんの記憶違いか、それとも『セサミストリート』の話には続きがあって「オイラ、月になんか住みたかぁないね」の返歌として「あたい、月から帰りたくないの」との言葉がうまれたとかの逸話を北田くんは教えてくれたのに僕がすっかり忘れてしまったのか。ま、どっちでもいっか。アウターの本当の言葉よりも「I don't want to live on the Moon.」のほうが、年末の僕にとってはパンチラインだったのだから(唐澤和也)