20240719(金)
リアクションのイップス
▼ここ数日の雨でひと段落したけれど、東京の7月は異常な暑さだった。年々暑くなっている気がする。先日、お隣りのおじいさんに玄関でばったり会って「暑いですね」と挨拶すると、柔和な表情で「むちゃくちゃですね」とひとこと。柔和とむちゃくちゃ。その組み合わせに笑ってしまう。たぶん、おじいさんは本心を言っただけで、こちらのウケを狙ったわけではないだろうけど、僕はこういう粋なリアクションに憧れる▼バイク企画で愛媛から出発してキャンプして、広島県や山口県をぐいんと走ってキャンプして、で、九州に渡ってキャンプして、最終的に愛媛へ戻った時のこと。やんごとなき事情で帰りの飛行機に間に合わずホテルに泊まったのだけれど、骨の髄まで疲れていたのでしょうね。クレジットカードで精算しようと思った僕がフロントの女性に手渡していたのは、コンビニのセブンイレブンで使う「ナナコカード」。そのホテルは断じてセブンイレブンではない。なのに、フロントの女性は「たぶん、違うと思います」とひとこと。間違いに気づき、本物のカードを渡した僕は「疲れてるんですかね?」とおもしろくもなんともない返事しかできなかったけれど、このフロント女性のような、誰も傷つけない素敵なリアクションに憧れる▼反応、対応、反響。リアクションの日本語訳はそんなところだが、どうすれば、反応力や対応力や反響力が向上するのだろう? そんなことをぼんやりと考えながらも、ぼんやりしすぎてすっかり忘れてしまった頃、後輩と事務所で打ち合わせとなった。うちの事務所は建物だけでなく備え付けの設備も相当に古い。洗濯機が付属していたのにはたいそう喜んだけれど、タオルを5枚ぐらい洗って乾燥させるのに90分ぐらいかかったのにはゲンナリした。エアコンも備え付けで、最新式と言わず10年ぐらい前の日本製のものと比べても、格段に冷房力が劣る。でもまぁ、エアコンの効きすぎが好きではない僕にはちょうどいいのだけれど、後輩からしたら暑いのかもしれない。「暑い?」と聞いてみると「電車の弱冷車みたいですね」とひとこと。あ、暑かったのね。年代物のそのエアコンの温度を限界まで下げながら、考えた末にじゃなくて、その瞬間すっとたとえての粋なリアクションに僕は憧れてしまう▼憧れるということは苦手だということなので、いいリアクションをしようしようと思うほど、固く口が閉ざされてしまう。リアクションのイップスだ。イップス。「いままでできたことができなくなること」と訳されるが、いままでできていたかどうかはともかく、より、できなくなることはたしかだ▼そんなこんなで木曜日のこと。定期的に送られてくる新聞のニュースの見出しに目が釘付けになってしまう。〝激辛イップス「1枚で意識もうろう」〟。ん? 「激辛イップス」ってなんなんだ? いままで激辛だったものが激辛でなくなってしまうほどに、辛さに慣れきってしまった人のことか? となると、慣れたのに1枚で意識もうろうは意味が通じない。気になって記事を読んでみると、なんのことはなかった。「激辛チップス」の読み間違いであった。しかも、記事をちゃんと読むと、激辛チップスを食べた高校生14人が体調不良になって病院に運ばれたという笑いごとじゃない内容。なんでも、そのポテトチップスには、「世界一辛い」トウガラシのひとつ「ブート・ジョロキア」を使用。辛さを表すスコビル値なるものでいうとタバスコが2500から5000で、ジョロキアは1000000だという説もあるそうだ。高校生たちの無事を祈りつつではあるが、それにしても「激辛チップス」を「激辛イップス」との誤読はひどい▼ひどいといえば、あまりにも事務所の近所のスーパー「オオゼキ」の利用頻度がひどい。いや、「オオゼキ」に罪はない。同店はそれこそリアクションのいい店員さんしかおらず(どういう採用基準ならば、かくも素晴らしき人材が集まるのか?)と常々感心していた。そのうえで、かれこれ2か月ほど、昼と夜のお弁当で連日お世話になっていると、さすがに飽きてしまう。「夜の遅めに行くと30%オフでお弁当がお得なんだぜ!」というテンションのたかぶりもいまは昔。というわけで、学芸大学で一番好きな定食屋に久しぶりに行ってみた話は、また来週です(唐澤和也)