20240614(金)
恋とサンバとフットサル②(再録)
▼19世紀に活躍したフランスの詩人、エミール・デシャンは「一緒に泣いた時に、はじめてお互いがどんなに愛し合っているのかがわかるものだ」と言ったが、大泉町観光協会スタッフである富樫ジュリアナさんは、日本とブラジルの恋愛感の違いについて、こんなことを教えてくれた▼「以前付き合っていた男性が、ブラジル人だったんですね。やっぱり、ブラジルの人は情熱的というか、24時間ずっとくっついていたいというか、人前でもチュとかしてくるんですよ。日本の人はそうじゃないでしょ? 人前チュはあんまりしない方が多いと思うんです。私は母方のルーツが沖縄で父親がブラジル。育ったのは日本のこの町なので、ブラジルと日本のいいところをそれぞれ感じながら生きてこれたと思うんです。だから、今後お付き合いするのなら、半分づつぐらいの人がいい。典型的な日本人で恋愛に消極的な方は寂しく感じてしまうかもだけど、人前チュって、私はちょっと恥ずかしいから」▼ジュリアナさんのご両親はサンパウロで別々に育ち、偶然にも大泉町で出会い、やがて結ばれたそうだ。昨年の9月、そんな彼女が祖母を訪ねてブラジルに行った時の第一次印象は「うわぁ、ブラジル人ばっかだ!」。現地でのバーベキューの時の焼きバナナにも驚いた。真っ黒になるまで焼くから決して見た目はよくないけれど、皮をむいてたべたそれはとてつもなく美味だったそう。日本にいながら日本とは違った雰囲気を味わえる故郷・大泉町が大好きな彼女は、「異文化体験してみたい方は、ぜひ遊びにきてください」と笑った▼恋愛への情熱。別名、人前チュ。そんな貴重なワンシーンが見れたのも、ジュリアナさんつながりだった。ジュリアナさんの友達のみーちゃんがブラジル人のチアゴさんと結婚したと聞きアドリブで訪ねてみると、ふたりは一目瞭然でラブラブだった。ハッシュタグを付けるのなら「#あつあつかよ!」だ。こちらの軽いリクエスト=「じゃ、キスでもしてみますか?」にも「躊躇? なにそれ?」てな秒速でチュっとなる。ちなみに、みーちゃんがチアゴさんに惚れた一番のポイントは「惚れたんじゃなくて、惚れられたんです(笑)」で、チアゴさんの一番のポイントは「ブンブン」らしい。ん? ブンブンってなんですか? ポルトガル語で「お尻のこと」と教えてもらった瞬間、みんなで爆笑した▼大泉町では、なんだかずっと笑っていたような気がする。肉を食べている時も、アマゾンビールを飲んでいる時も、ジュリアナさんや彼女の友達と話している時も、ずっと。夕暮れのその時も、話している人はずっと笑っていた。大城エジバルドさん。フットサルのプロ選手だった彼が、ここ大泉町にフットサルスクール「ブラジル・フットサル・センター」を作ったのは今から16年前のこと。飛行機の中から見下ろした日本。この国にも緑色のサッカー場がいっぱいあると一緒に来日した弟と喜んだけれど、あの緑色は全部田んぼだったと知る。それでも、ブラジルに比べればサッカー先進国ではない国で、しかも、決して都会とはいえない町で、彼はフットサルの力で雑多な人種をひとつにした。「フットサルやサッカーの魅力って、ボールひとつあればなんにもいらないところ。日本語いらない、ポルトガル語いらない、英語いらない。ボールひとつでみんなが楽しめる。だから、好き」。この日も「ブラジル・フットサル・センター」には、女子も含め、様々な国籍の人がひとつのボールを追いかけていた。生徒数は約170人。そのうちの半分が日本人で、残りはブラジル人、ペルー人、ボリビア人と様々だ。エジバルドさんが唯一の入会条件としているのは「差別といじめは絶対にしないこと」だった。その言葉が、どすんと胸を打った。明るいブラジルの人だって笑っているばかりじゃない。泣きたくなる、泣くしかないシビアな現実だって絶対にある。だからこそ、彼らの笑顔の裏側を想像すると、今日1日の笑い顔がいっそう有り難いものに思えてくる▼日本のブラジル・群馬県大泉町。夕暮れのなか動き出した電車は、大泉町の背中をゆっくりと小さくしていく。バックパックを開いてみる。旅立つ前、ちょっとしか詰め込まないと決めたそれには、大泉町のお土産が加わって、ぱんぱんになっていた。その時、バックバックに詰め込んだ銀色と緑色の派手なサッカーボールは、僕の部屋で蹴られることなく飾られていて、そのきらめきを見る度に僕は日本のブラジルへ、もう一度行きたくなる(唐澤和也)(初出「and BLASIL?」)