20240601(土)
Excuse me,アイアムロンリー!②(再録)
▼2日目の夜。ふだんの青木さんには聞きにくいことをお酒の力を借りて聞いてみた。個人的な印象だけれど、青木さんは芸人に近いところがあって、自分の熱い思いをまっすぐに口にすることを嫌うように感じられた。苦労すらもネタにするというか、笑いにするというか、ひねってから言葉を紡いでいるような印象がある。もちろん、青木流にひねられたそれらの話は抜群におもしろいのだけれど、ひとつだけマジメなことを聞いてみたかった▼それは、<息子さんに、たったひとつだけ受け継いでもらいたいものがあるとしたら、それはなんですか?>という質問だった。由香さんと旦那さんの伊禮さんとの間には、もうすぐ2歳になる抜群にかわいい長男がいる。日本人の両親を持ちながら台湾で生まれ育つ彼がどんないい男になるのだろうと夢想していたら、ふと思いついた質問だった▼青木さんは「息子の前に旦那さんの話になっちゃうけどいい?」との断わりを入れつつ、こんな言葉を口にした。「ふだんの私は旦那さんのことをいろいろ言っちゃうけど、ひとつだけね、いいなぁと思うところがあるんです。それは、仕事で絶対に自分だけが儲かろうとしないところ。台湾で仕事をしていると、自分の利益しか考えていない人がいっぱいいる。うちの旦那さんは音楽関係の仕事をしているから、そういう機会も多いはずなのに、絶対にしない。というか、そもそもそういう仕事は引き受けない。本音を言えば、子供が生まれる前後とかは私が働けないわけで、<わかるけど、生活のためにその仕事を受けようよ!>と何度も思ったけど、それでも彼はその手の仕事はしなかったんです。私たちの会社の名前は『你好我好』と言うんですけど、好には〝GOOD〟という意味があって、直訳するとあなたにも私にも良いことがありますようにという意味なんですね。旦那さんの生き方を言語化したものだし、私自身もそうありたい。だから息子には、自分のことだけを考えるような男にはなってほしくないんです」▼3日目の夕方。青木さんの你好我好にまつわるいい話が心に残っていたのだろうか。ある店内での僕は(自分勝手なのか?)という自問自答を繰り返していた。状況はこうだ。台湾でのイベントを終えたand recipeのふたり(料理家・山田英季&プロデューサー・小池花恵)が合流して、滞在最終日だし、台北の街を散策しようとなる▼いろいろ食べて散々ぶらぶらしていると、夕食までの間にぽっかりと時間があいた。どうしようかと相談した場所に偶然マッサージ店があり「じゃ、揉まれますか?」となったのだが、なぜだか一番最初に通された僕にだけ担当がつかない。5分経過。誰も来ない。僕の隣りで山田氏がマッサージの気持ち良さに、既に眠りに落ちている。なんなんだこれは? 新手のプレイか? いやいや、たぶん、お店が忙しいのだろう。10分経過。誰も来ない。山田氏からはイビキという名の命の息吹も聞こえてくる。自分勝手なのか? ここまで待って今さら誰かを呼ぶなんて俺はセルフィッシュなのか? 待つべきか? 日本男児たるものじっと黙って待つべきなのか? いやいや、日本男児って柄じゃないし、むしろケーキとパスタが大好物なタイプじゃん。しかも、そもそも自分勝手ってそういうことじゃないでしょうと我に返り、「すみません。僕もマッサージしてください」と叫ぼうとしてはっとする。僕は中国の言葉も台湾の言葉もしゃべれない。正確に言うと、好吃(ハオチー)しか知らない▼15分経過。もはやそれがデフォルトであるように誰も来ない。困った。困り果てた僕は、こう叫んでいた。「Excuse me,アイアムロンリー!」2秒で男性マッサージ師がすっとんで来た。口元には失笑をたたえている。室内のあちこちから笑い声が漏れている。そりゃそうだ。いい歳したおっさんが、片言にもほどがある英語で突然に「すみません、寂しいです!」って、意味がわからない。以後、男性マッサージ師がなにか聞いてくるたびに「ごめんね。寂しくさせて」と言われている気がして恥ずかしかったが、やっぱり気持ちよくて、僕はやがて眠りに落ちた▼そして、2016年。足裏がすっかり東京人に戻った頃から、僕は英会話教室に通っている。その目的はもちろん、今後のandな旅で似たようなことがあった場合、ちゃんと叫べるようになりたいからである。(唐澤和也)初出:「and台湾」