20240405(金)
八度目の春の山
▼「このチェアに座ってみませんか?」。字面だけ読むとあやしい勧誘感満載だけど、「春とチェア♪」という企画の合言葉である。月刊LOGOSというウェブマガジンの特集で、編集部が持参したチェアの数々を、九十九里浜のサーファーや、奥多摩のボルダー(岩場をボルダリングする人)、さらにはお台場でお散歩をしている人たちにお願いしてみるというもの。結果、いちご園で働いているおばさまたちに「いまは仕事中だからダメよ」とやさしく断られた以外は、9組ALL OKの快挙を成し遂げたのだった▼実際に取材先へと動き出す前はかなりの苦戦を予想していた。10人声がけしたとして4、5人座ってくれればいいほうかなぁと。でも、結果、楽勝。オープン戦からこっち、開幕しても不調が続く阪神タイガースを絶好調時のダルビッシュクラスの投手が、すいすいと2安打完封勝ちに封じ込めるぐらいに楽勝だった▼「春とチェア♪」は最後の「♪」もポイントで、服でいう試着的にチェアの試座をしてくれた方に「春といえばな曲は?」という統一質問をお願いしていた。「春よ、こい」(松任谷由実)、「卒業写真」(荒井由実)、「チェリー」(スピッツ)、「春泥棒」(ヨルシカ)、「3月9日」(レミオロメン)などなど。媒体的に家族連れを中心にお話を聞いたから、親御さん世代推しであるユーミンの強さが際立ったけれど、驚くべきは、本誌編集長(つまり僕だ)が、その2曲以外をまったく知らなかったこと。相棒の関くんは中学や高校の学校関連の仕事もしているから、スピッツも、レミオロメンも「はいはい、あれね」みたいなリアクションをとりやがるのです。なんだかちょっぴり悔しくて、取材現場では「はいはい、あれね」的横顔を浮かべて取り繕ろっていた僕。お恥ずかしい▼恥ずかしさはさておき、「春といえばな曲」を知らないのは、ジェネレーションギャップだけが原因じゃなくて、ヒップホップ好きであることと無縁じゃない気がする。ヒップホップ好きの多くは、カラオケに行かない。未来のプロフェッショナルを夢見ている豪の者は別として、聴くのが好きなヒップホップ好きはカラオケに行かない。だって、歌えない(ラップできない)から。季節を問わず行かない。つまり、春も行かない。結果、人が歌う春の曲を知らないのだと思う▼さて、世の中の春ソングについては詳しくなくても、春が出会いと別れの季節であることは知っている。Punch Line のパンチの効いているほう=山岡ひかるが、八度目の春に卒業することとなった。「桃栗3年柿8年」の8年だ。「桃栗3年柿8年」には続きがあって「桃栗3年柿8年 柚子の大馬鹿18年」というバージョンもあるそうだが、柚子にはおよばずとも、8年はなかなかの年月だ。Punch Lineが8年前に比べて少しでも大きくなれているのなら、それは間違いなく山岡のおかげだった▼いわゆる新入社員の時には、まだ夕方の5時だというのに「眠いんで帰っていいですか?」とまさにパンチの効いた質問をぶっ込んできた彼女。心の中で(すげぇこと聞いてくる子だな!)爆笑しつつ、「ダメだよ」と答えていた頃が懐かしいです。「唐澤さんは唐澤さんが思っているよりも怖いんです!」と一文字も噛まずに指摘された時も(韻は踏んでないけどラップみたいだなぁ)と笑ってしまいそうになったけれど、山岡との8年間はおもしろかった。おもしろい人というのは稀有だ。ラップでも漫画でも漫才でも、僕がいままでにインタビューさせてもらったそのジャンルの雄たちに限るのなら、表現するその人がどうしたって滲み出てしまうそうだ。ライター業もしかり。人となりが文章に出てしまう。おもしろい人はおもしろい文章が書ける確率が高くなる。そのうえ、たとえば製品情報の校正などが僕は苦手なのだけれど、山岡は校正も優秀で、その才が最大限に発揮されるパッケージ制作などは、ある時期から彼女に全部任せていたほどだった▼Punch LineのLineのほうは、いろいろな出会いのおかげでここまでやってこれた気がする。まさにLineというか、点が線になっているからこそのいまがある。山岡との出会いとその後の8年間も大切な点と線でした▼というわけで、いま、ふたりでの最後のごはんが終わりました。がんばれ、山ちゃんこと山岡。俺もがんばる。ふと気づけば、事務所近くの桜が咲きはじめていました。彼女の門出を祝福するように(唐澤和也)