20240322(金)
春を拒んでる東京で

▼春になることを頑なに拒んでいる東京で。いやはや、ここ数日のこの街は春じゃなくて冬で、そんな夜に、突然に思い出した言葉のジャンルがわからない。それは、ヒップホップの名曲の冒頭。会話劇の流れで紡がれるのはセリフ? 前口上? あるいはポエトリーリーディング? もしかしたらリリック(歌詞)の一部なのかもしれないけれど、こんな感じ。「マイク稼業はやることやってる奴が正義なんだよ。昔すごかったとかキャリアとかは関係ねぇの」。SEEDAの『MIC STORY』という曲にフィーチャリングされたILL-BOSTINO(以下、BOSSさん)の言葉。痺れた。2007年の楽曲だから、BOSSさんは36歳。痺れまくった僕は39歳。それから17年後のBOSSさんは53歳で、いまももちろんやることをやっていて現役バリバリで、昔すごかったなどと口にするはずもなく、その積み上げた轍をふくめて後進のラッパーから尊敬されまくっている▼BOSSさんの言葉を思い出したのは、この冬から春にかけて、ほとんど同義の言葉を何度も見聞きしたからだ。「いま描いているものがおもしろいかどうかが漫画家のすべてだから」。漫画家自身の言葉だった。正確に記すと、その言葉たちは2009年のインタビューを再構成している時に気づかされたのだけれど〝いま〟という単語が重い。いまがすべて。過去の実績は関係ないということ。まさに「昔すごかったとかキャリアとかは関係ねぇの」だ。しかも、その言葉を口にした漫画家たちが、15年後のいまもなお現役で活躍していることに、ライターである僕は何度も痺れた▼例えば、映画『マトリックス』のように人間が透明なケースに収監されて眠ったままで生かされているだけなら、物理的な栄養のみでいいだろう。でもたぶん、人間はそういうふうにはできていない。僕の場合ならば、ヒップホップと漫画のふたつは大きな糧だ▼ところで、もうひとつの糧だったはずの笑いはどうなんだろう。直感的に(いまの笑いはやばいのではないか?)と思ってしまう。「昔すごかった」でテレビの仕事をしている人がいないこともないのではと感じたから。でも、それを言うのなら、漫画業界だって、僕がインタビューさせてもらった人が特別なだけで、もっと広げて鑑みちゃえば「昔すごかった」で仕事を得ている人がいるのかもしれない。どうやら、文章の雲行きが怪しくなってきた。芸人や漫画家という〝個〟ではなく、お笑い業界や漫画業界という〝業界〟に広げるから話がややこしくなる。比較するのが、ラッパー、漫画家、テレビになっちゃった(芸人じゃなくて)。絞ってみる。僕個人が芸人で好きな〝芸〟とはなんなのか。シンプルだった。ライブのネタである▼劇団の裏方時代やライターになったばかりの頃は、先輩が連れていってくれた舞台に、いちいち痺れた。シティーボーイズ、イッセー尾形。やがて、芸人との仕事が増えていくにつれて、招待席などというありがたい機会が増えていく。爆笑問題『七福神』、千原兄弟&渡辺鐘『プロペラを止めた、僕の声を聞くために。』。東と西、事務所も違えど、等しく痺れた。吉本興業が笑いのフェスとして開催していた『Live Stand』で衝撃を受けた野生爆弾のコント、トリ前で会場を震わせたフットボールアワーの漫才。『M−1』のドキュメント本を書いた頃は、1回戦からいろいろな現場で漫才を見まくっていた▼落語に興味を持ってからは、立川談志の『子別れ完全版』に痺れた。@大阪での桂文珍との2人会。なにしろ、落語ビギナー。原稿で恩返しができないから、招待席なんて申し訳なくて自腹でチケットを購入、新幹線で会場に向かった。子別れは上・中・下の3部構成だそうで、通常は中の後半と下をあわせて演じるが、談志師匠は、枕でそのカットされた上と中の部分をだだっとしゃべり、本編へとなだれ込む。圧巻だった。そのおかげで、どうやら自分は立川流が好きだと気づく。立川志の輔『抜け雀』と『中村仲蔵』。立川談春の『文七元結』と『文違い』。立川流の2人にもやられてしまう。痺れた▼どうやら、怪しかった文章の雲行きが晴れてきたようだ。ライブのネタが好きだったはずなのに、ライブに行くことが減りすぎている。それに、ありがたいことに、いまなお招待席を用意してもらえてライブを観られる笑福亭鶴瓶(以下、鶴瓶さん)は、まさに「昔すごかったとかキャリアとかは関係ねぇの」な人だし、「いま喋っていることがおもしろいかどうかが芸人のすべてだから」な芸人だ。そんな鶴瓶さんの落語は、『山名屋浦里』と『死神』が絶品で、2時間以上ノンストップのオリジナル話芸『鶴瓶噺』は毎春痺れている。なのに(いまの笑いはやばいのではないか?)って。最近の笑いのライブを見てもないのになにを偉そうに!という話だ▼というわけで、春になることを頑なに拒んでいる東京で、またひとつの目標ができたことがうれしい。あたたかくなってちゃんとした春からは、笑いのライブにも行くぞと誓った週末です(唐澤)