20231015(日)
口だけ野郎とライターは紙一重

▼ごちゃごちゃ言わずに、口を動かすよりも手を動かして、結果をだす。そんなプロフェッショナルに憧れがある僕は、そういう人たちに憧れちゃってる時点で不言実行タイプではないことになります。だからといって(口にしたことは必ず実行する)という意味での有言実行タイプでもないし。なんなんだ俺ってやつはと考えてみるに、いま刹那的に浮かんだ言葉が「口だけ野郎とラッパーは紙一重」というものでした。ラッパーのill-BOSTINOによるもので、ZORNとのフューチャリング曲『Life Story』のなかのパンチライン。はじめてこの曲を聴いた時に(BOSSさん、俺もそうでした!)と、ご本人にお会いしたこともないし、そもそもラッパーでもないの激しく共感したのでした。共感しちゃっている時点で、自分もまた「口だけ野郎とライターは紙一重」な生き方をしてきたのかもしれません▼いや、なんだか本当にそうだった気がしてきました。紙一重です。しかも、その紙一重はセーフではなくてアウトよりで、ただの口だけ野郎率が高かった気さえします。とくに若い頃は。黒い記憶として思い出してしまったのは、大学生の頃の彼女にドヤ顔で口にしたこんな言葉でした。「俺の夢? 学校を作ることかな?」。(うっわー、なにそれ、キモいんですけど!)と、3周目の再読モードに突入した『呪術廻戦』の釘崎野薔薇が友達だったならば、そんな感じでバカにされてイジられるであろう痛い発言。そもそも教職免許をとっているわけでもなく、さらに言えば、学校を作るための経営の勉強をしているわけでもない。つまり、一切なんの努力もしていないくせに、よくぞまぁそんな大きなことをほざいたもんです。恥ずかしい。恥ずかしいし、なるほどです。こういうのを黒歴史と人は言うのだなぁと初確認しつつ、注目なのは、それでもなおの〝紙一重〟について▼実際問題として、これまでの人生で僕は学校を作ったことはないし今後もかなりの確率で無理なので「不言実行」でも「有言実行」でもなく「口だけ野郎」です。その事実はかなり高いところにある棚に置いておくとして、それでもギリギリの紙一重で、先生や教師、より広義でいえば教育というものに興味がないわけではなかった。料理でいえば塩少々ぐらいのちょっぴりさではあるけれども、ゼロではなかったのです。それはたぶん、思春期からこっち、自分が先生や教師に恵まれてきたからでした。もっと端的に言えば、先生や教師という存在が好きだったのです。ということは、まったくのホラ的に「俺の夢? 学校を作ることかな?」とほざいたわけではないと思うんです。もちろん、大学生の時のその発言は純度100%の「口だけ野郎」ではあったのですが、そういうでかいことを言っちゃう資質があったからこそライターになってからの「紙一重」があったような気がするのです▼たとえば、月刊LOG OSというウェブマガジン。月刊というぐらいなので毎月15日に更新されるのですが、ちょうど明日更新される最新号はなんと156号。はじまりは2011年、初代編集長が僕。コロナ禍で大変だった約2年間を大後輩の竹内順平くんが2代目編集長をまっとうしてくれたからこそいまも継続できているのですが、昨年末に3代目編集長に出戻ったのでした。156号というなかなかの積み重ねのあるメディアですが、そのはじまりが実は「口だけ野郎」だったのです▼月刊LOGOS創刊前のあの頃。それはもういろんな人から「唐澤はオウンドメディアを持つべきだ」と言われたのでした。ただ単に流行りだったのかもしれません。でも、そういうことに疎い僕は、あまり興味を持つこともなく、もちろんオウンドメディアを始めることもなかったのですが、その言葉の響きだけは耳と心に残ったのでした。なんか、かっこいいぞとは思ったのです▼そんなタイミングで、のちに月刊LOGOSの初代プロデューサーとなる男であり、LOGOSの前職は吉本興業のマネージャー、その頃からの友達でもある柴田くんと打ち合わせをしました。当時の僕は日焼けなんて一切無縁の超インドア派。なのに、柴田くんはLOGOSのプロモーション的活動を手伝ってほしいと言う。具体的には、ひとつは紙媒体のカタログで、もうひとつはウェブメディアでなにか。その時に、ふっと思い出した言葉が「オウンドメディア」でした。そうです、口だけ野郎の登場です。「LOGOSが自分でメディアを持っちゃうってどう? たとえば、月刊LOGOSとか?」「おもしろい! いいっすね!」と柴田くん。繰り返しですが、当時の僕は色白インドア野郎ですから、じゃあその月刊誌的なものでなにをやるのかの勝算なんてゼロ。ただ単純に、アウトドアブランドが月刊誌(ウェブだけど)を持つだなんてちょっとおもしろいかもと思っただけ。でも、決まっちゃった。これって、かなりの「紙一重」だと思うのです▼「口だけ野郎とライターは紙一重」だとするのなら、誰に言うのかはすごく大事なのですね。月刊LOGOSのことに関しても、柴田くんが「おもしろい」と思ってくれなかったらはじまってもいなかったわけで、僕を主語にするのならですが「口だけ野郎」で終わっていたかもしれない。そういう意味では、おしゃべりな自分に感謝です。言ってみるもんだなぁ。最近もその手の「紙一重」があったのですが、そのお話はまた次の機会に(唐澤和也)