20230920(水)
三人の監督

▼監督という職業に注目が集まっている気がするのは、いまの時代のせいか、僕が年齢を重ねたからか、はたまた気のせいか。たとえば、ワールドカップでの男子バスケットボールの躍進は、トム・ホーバスという監督の手腕抜きには語れない。らしい。たとえば、はじめての世界一を達成した侍ジャパンUー18代表の馬淵史郎監督は、高校ビッグ3を選出しないことにとやかく言う外野の声にブレることなくスモールベースボールを貫いた。らしい。「ライターたるもの言い切るべし!」と教えてくれたのは大先輩編集者のAさんだけれど、2つの語尾に「らしい」がついてしまうのは、それらの快挙の翌日に知った監督の情報が、自分で取材をしたわけじゃないネットニュースの伝聞だったから。そういう意味では、年齢を重ねた僕が選手だけでなく監督にも興味を持っているともいえるし、そういうニュースが翌日にはネットなどに踊ってるわけで、ニーズがあるのかもしれない。どっちなんだろう。たぶん、どっちもなんだろうと思う▼というわけで、阪神優勝です。岡田彰布監督が第1期監督時代の2005年以来18年ぶりのこと。阪神ファン以外の方にも浸透したアレの実現なのですが、アレして我ながら驚いたソレは、こんなにもうれしいのかってこと。びっくりしました。優勝前後からいわゆる沼状態で、テレビだけでなく動画もずっっと見てしまい、あまつさえ何度か泣いちゃうという。18年ぶりの優勝って、こんなにもうれしいものなのですね▼そんなうれしい出来事の原動力のひとつは、間違いなく岡田さんの監督力でした。村上投手や大竹投手という新戦力の台頭はありましたが、基本的には昨年から戦力が変わっていない。もちろん、大幅補強をしたわけでもない。むしろ、2年連続最多勝の青柳投手やチーム最年長の西勇輝投手、抑えという大切なポジションを期待されていた湯浅投手という中心選手たちは、勝てなかったり内容が悪かったり故障をしたりと、想定よりも戦力ダウンさえしている。にもかかわらず優勝できたということは、監督が変わったことが最大の要因です。ここは阪神ファンとして言い切れます▼プロ野球だけに限らず、勝負事は勝ちさえすればいい話しか聞こえてこないので、阪神優勝に関しても「前々監督が耕し、前監督が種を蒔き、岡田監督が花を咲かせた」なんてことを言う人もいる。でも個人的には、少しばかり美しすぎる言葉のように感じます。たしかに、前々監督も前監督も選手としては素晴らしかった。監督としての功績だってもちろんある。前々監督はチームのありようを一変させましたし、現在の4番とエースをドラフトでとったりもした。でも、そのふたりの監督は、(お前らプロなんだからやれよ)(君たちに任せた)という選手任せの野球のように感じられて苦手でした。責任の所在が選手で「チームとしてどういう野球を目指して、そして勝つか?」という指針がよくわからなかったからです▼岡田監督はそこを変えました。勝つための野球をやる。そのためには投手力を中心に守り勝つ。まずは、主力選手の守備位置を固定します。そして、昨年秋のキャンプから守備の基本を教え、中野というジャパンに選出されるほどの選手を監督が「責任を負って」、ショートからセカンドにコンバート。当初は小幡選手という若手をショートに据える方針でしたが、木浪といういぶし銀のような選手の肩の強さに注目し、ふたりを競わして、いぶし銀がレギュラーの座を掴み取り大活躍。結果、内野はダブルプレーが激増します。阪神ファンになって20年ですが、球場を訪れてダブルプレーに感動したのは今年がはじめてのことでした▼個人的には小幡選手推しなのですが、そんな僕でも木浪選手のレギューラーにはなんの文句もありませんでした。ちゃんとした競争があったからです。そういう公平さが岡田監督にはありました。三塁手に固定された、プロ野球ファン以外にも認知度の高いサトテルこと佐藤輝明選手も、不振が続いただけでなく、主力としての試合に挑む態度を鑑みて、遠慮なく2軍に落としました。昨年までの佐藤選手はシーズン後半になると成績を落としていたのですが、今年の9月は大爆発。もちろん、本人の才能と努力が一番ではありますが、それを引き出したのは、間違いなく岡田監督の2軍行きというジャッジだったと思います▼「普通のことを普通にやる」。岡田監督が好んで口にした言葉でした。ファンとして「その通り!」と喝采を送りつつ、自分の仕事に置き換えてみると「すっごく難しい!」と気付かされます。まず、プロとしての「普通」とはなんたるかがわかっていなければそれを実践できないのですから▼タイトルとかもそう。文章のタイトルにこだわるのはプロのライターとして普通なのですが、今週の「3人の監督」というタイトルには元ネタがあったのでした。ロッキンオンの渋谷陽一さんが黒澤明、宮崎駿、北野武という3人の映画監督へのインタビュー集です。ライターになった頃に買って、一度誰かに貸して戻ってこずに書い直したぐらい大好きな本。そのタイトルが『3人の監督』だったはずなのですが、なんと『日本の三人の演出家』だったのでした。記憶の塗り替えってやつ、もしくは、記憶の劣化でしょうか。校正することもライターとしての普通ではあり、更新前に気づけたのはよかったのですが、せっかくなので、再読しようと思います、『日本の三人の演出家』という名著を(唐澤和也)