20230910(日)
暦と文章
▼気仙沼漁師カレンダー2024が発売となりました。どんなカレンダーなのかご存知ない方のためにざっくりとご紹介すると、「気仙沼の漁師さんはかっこいい」と本気で思っている気仙沼つばき会のみなさんが、あのことがあったすぐ近くの年から作りはじめたカレンダーのこと。つばき会は気仙沼の女性だけが参加している女将会のような存在なのですが、そのカレンダーが当初目標だった10作目をついに完成させたのでした▼僕はといえば、2作目から10作目までのほぼすべての編集とライティングを担当。ライティングでは、のべ何百人ぐらいの漁師さんにインタビューさせてもらえたのか。正確には数えていないのでわからないのですが、とにかく数多くの漁師さんから教わったことは、「肩書きなんてどうでもいいから。いま俺の目の前にいるお前は、漁師の俺になにが聞きたいの?」というシンプルで当たり前の人と人が接する時のありようなもの。大型マグロ船で働く漁師さんは1年以上も陸を離れて海の上で生活しているから、陸の常識のようなものは通用しない。けれども、ちゃんと真剣に聞きたいことを聞けばなんでも答えてくれる人たちでもありました。「好きな言葉は?」と聞いて「セニョリータ!」と即答してくれた漁師さん。一生忘れられないパンチラインと爆発したような笑顔。もちろん、震災をめぐる真摯な言葉を口にされる方もいて、涙をこらえながら語ってくれたインタビューも一度や二度ではありませんでした▼そして、日本を代表する写真家の方々の被写体との向き合い方をそのすぐ近くで見られたことも大きな経験でした。敬称略でお届けすると、浅田政志、川島小鳥、竹沢うるま、、奥山由之、前康輔、幡野広志、市橋織江、公文健太郎、瀧本幹也。作家によってコンセプト的なものや撮影スタイルは異なりましたが、共通していることが少なくともひとつはありました。それについては、2024版に収録された気仙沼つばき会代表2人のインタビューでの彼女たちの言葉が端的に伝えてくれるので一部抜粋して紹介します。「撮影に立ちあわせてもらって感じていたことがあります。それは、両者に共通して、一瞬の出会いを大切にしているのではという想像でした。漁師は、まばたきするような一瞬をとらえて魚を獲る。写真家は、たとえそれがスタジオであっても被写体の一瞬の表情をとらえて写真を撮る。ましてや雨風など自然の影響がある外での撮影なら、なおさらですよね。すべての写真家の方から、そんな一瞬の出会いを大切にする緊張感を感じましたし、だからこそ、気仙沼や漁師という題材じゃないと出会えないものを表現してくださったのだと思います」▼気仙沼漁師カレンダー以前と以後。もしもそんなものが存在するとしたなら、10年近くも継続してインタビューをして文章を書くということを繰り返せたことが得難い経験でした。当たり前ですが、カレンダーは年に1度しか発行されない。ということは、1年に1回しかチャンスがないとも言える。たとえば、週刊誌なら毎週のように書くチャンスがあるけれど、そうはいかない。漁師カレンダーの文字数は400字前後で、どちらかといえば短文に類するものなのですが、それでもカレンダーというメディアに掲載される文字量としては多かった。一般的にはその手の文字すら載っていないものですしね。なのに、気仙沼漁師カレンダーには文章が掲載されて、しかも1ヶ月も読まれることになる。それがやりがいであり、この仕事ならではでした▼「気仙沼の漁師さんはかっこいい」と本気で思っている人たちが発行するカレンダーですから、文章もそのテイストを目指したのですが<どうやら俺は、カッコいい(と感じてもらえたらうれしい)短文の文章を書くことが好きらしいぞ>と10年がとじようとしている最後の最後で気づけたのもありがたいプレゼントでした。だからいま、ちょっぴり寂しかったりもします。あぁ、ああいう文章はもう、書けないんだなぁと▼気仙沼漁師カレンダー2024、よろしければぜひ。東京浅草の「梅と星」2階のスペース「うわのそら」にてお披露目展も9月24日まで開催されているそうです。東京近郊にお住まいの方は、そちらもぜひ(唐澤和也)