20230730(日)
島と風②

▼前回の続きです▼▼稚内から礼文島へ向かうフェリーは、それはもう風が強かった。もろに風を受けるデッキ席に出てみると、『ロード・オブ・ザ・リング』という映画に登場する冥王・サウロンの目のような太陽が頭上で輝いている▼ちなみに、サウロンはものすごく悪いやつなので、その目もかなり怖いのだけれど、フェリーから見えた太陽もやや不気味だった。遥か上空の太陽の近くは白い雲なのに、地上近くで広がる雲はグレーで、暗黒感を醸し出していたからかもしれない▼船上の風よりもさらに強く吹いているのか、グレーな曇が早送りの映像のように流されていく。サウロンのような、ちょっぴり怖く光る太陽を隠したり見せつけたりしながら▼デッキ席の隅っこで風をしのげるベスポジを発見したりしつつ、約2時間で礼文島の香深港着。港の前の2文字は「かふか」と読む。不条理小説のあの人が思い浮かんだりもして、なんだかかっこいい▼「僕だったら、礼文はともかく利尻は、フェリーを降りたらダッシュですね」。稚内の親切なレンタルバイクオーナーの助言を思い出す。「無理だな」というひとりごと的メモも。だって、夜逃げ夫婦状態の大荷物なんだもの。原付バイクをレンタルするためにダッシュする気力が一切起こらない。でも、たぶん大丈夫だ。船内の乗客はおじいちゃん&おばあちゃん率が高くて、移動手段に原付バイクをチョイスしない気がする▼正解。人生初礼文島は原付バイク旅となる。以下、原付バイク改め原チャリとします。気楽な移動だったから、語尾=チャリのほうがしっくりくるので▼まずはと目指したのが、「久種湖畔キャンプ場」。大荷物を背負ったり足元にバランスを取って置いたりして、疾走する。疾走といっても原チャリなのでたいしたことはない。それでも、生身をさらして自力ではなく他力で移動することのちょっとしたスリルと快感。そして、圧倒的な自問自答感。車での移動ならば多少なりとも会話を交わすものだし、それがおもしろくもあるのだけれど、原チャリはずっと自問自答。それもまたおもしろい▼そんな自問自答中に、ふと、ある小説のタイトルを思い出した。『風の歌を聴け』という村上春樹さんのデビュー作だ。その内容は、よく消える消しゴムを使ったようにきれいに忘れてしまったけれど、原チャリで走っていると、風の音はたしかに歌のようだった。歌、それも合唱。漫画だったら、「ピュー」とかの一音で表現されると思うけど、北の果ての礼文島の強い風は饒舌だった。「ビョー」とか「ピィー」とか「ワァー」とか「ウォー」とか。ヘルメットという名のスピーカーが、それらの合唱を増幅させる▼さて、キャンプ場である。さすがは〝花の島〟だけあって「久種湖畔キャンプ場」も、ところどころにうっすらと花の絨毯を敷いたかのよう。女子ならば言うだろう、かわいいと。そんなファンシーな絨毯の上にLOGOSのテントをふたつ建ててみる。かなりいい感じだ。寝泊まりするのがおっさんふたりという雑草感さえ目をつぶれば▼今宵の我が家を手に入れたなら、トレッキングである。目指すは、孫悟空的ななにかが閉じ込められ苔むしたかのような桃岩展望台コース。テントをはじめとする大荷物はキャンプ場で我が家等に変身してくれたから、身軽だ。噂に聞く花々も美しい。けれど▼▼続く。そう、続きます。実はこの原稿はちょっと変わった試みをしていて、「写真と文章が必ずしもリンクしていなくてもいいのでは?」という企画だったりします。雑誌ではあまりない試みだと思うのですが、写真にもキャプションと呼ばれる説明的な文章も付けない。その分、文章にどんな旅だったかの情報性を盛り込む。故に、続く。5日間の旅立ったのでその5(5本)まで続きます。続きは9月中旬発売予定PAPER LOGOSにて(唐澤和也)