20230623(金)
カムバックサーモン

▼昔むかし、ちょっぴり昔の昭和の頃。カムバックサーモン運動というものがありました。1978年のこと。北海道の豊平川に鮭(サーモン)が戻ってくるように、河川の美化活動と稚魚の放流をする。翌年には、宝酒造というメーカーを巻き込んで、テーマソングみたいなものもあって、文化人の人もわーわー言うとりまして、子供ごころにおもしろそうだなぁと感じた市民運動でした▼もうちょっと大人になってからこの運動のことを思い出したのは、「カムバックサーモンという表現は英語としては誤用である」「でも、表現としておもしろい」との英語圏の人の説を目にしたから。鮭好きでも北海道民でもなく、ましてや、英語に精通していて興味があるわけでもないのに、不思議と残った記憶。ならばと、デジタル化社会のいま、検索をかけてみたのですがそのような説の記録は探せず、代わりに知ったのは、日本のカムバックサーモン運動が海外でも評価されていること。欧米の場合、「我々の鮭を救え」との願いを込めて「SOS」になるよう「Save Our Salmon」を合言葉にした運動もあったのだそう。頓智が効いていてオシャレですらありますが、カムバックサーモンのほうが無骨でパンチが効いているという意味でまさにパンチラインで、個人的には好きです▼そんなわけで、2020年4月の緊急事態宣言から3年。サーモンではないことだけはたしかだけれども、いったいなにがワタクシにカムバックしてくれたのか。そんなことを振り返ってみたくなったのでした。あんなに大変だったのに。いまでも大変さの余波は続いているというのに。喉元すぎれば熱さ忘れるなタイプな僕は、なにかといろんなことを忘却してしまう。それはそれで、フリーランスや自営業向きのひとつの資質でもあって、安定をさほど望まないというか、むしろ、安定をちょっとつまらないと感じたり波乱万丈であることにテンションがあがれたり、なにより大変さを忘却できるということ。そういうタイプじゃないと、フリーランス稼業は難しい気がします▼でもだからこそ、大変さは忘れちゃうにしても、なにがカムバックして、どんなことが自分を救ってくれたのかを記録して残しておきたいと考えたのです。すると、一番に思い出したのは、カムバックキムタクでした。木村拓哉さんです。コロナ禍のはじまりの頃、キムタクをきっかけにエンタメ熱みたいなものまでもがカムバックしてくれたのは大いなる救いでした▼2011年をターニングポイントとして、エンタメ系からライフスタイル系に仕事が変化していった僕は、その頃から、テレビを見るという習慣が激減していきます。代わりに、旅したり、テントに泊まったり、アウトドアな仕事が中心となったのでした。なのに、2020年春。例の緊急事態宣言下では、旅したり、テントに泊まったりなアウトドアな仕事は一切無理となってしまう▼そんなタイミングでのカムバックキムタクでした。カムバックということは一度は消えていたのか? もちろん、あれほどの人ですから、『ビューティフルライフ』というドラマは見ていましたし、表紙を飾る雑誌のインタビューをチェックはしていた。でも、心底正直に言うと、苦手な存在だったのです。以前にもここで書いたように、若気の至りと書いて浅はかとも読めるのですが、田舎から上京して、サブカルを気取って、アンチメジャーだった僕。となると、ど真ん中の存在である木村拓哉さんなんて、格好のディスの対象です。木村拓哉? いつでもどこでもワンパターンかよと。またおんなじなんだから見なくてもいいでしょと。いやはや、書いてて恥ずかしくなりますが、自分ではとがっているつもりかもしれないけど、まったくもって定型で凡庸なディス▼ところが、コロナ禍での木村拓哉さんはワンパターンな輝きを放ってくれていました。いや、ワンパターンじゃないですね。ワン&オンリーな輝きでした。世の中がこんななのに、木村拓哉は今日も木村拓哉でいてくれるという幸せ。東日本大震災で被災された方にインタビューした際、あの時なにを一番望んでいたかについての雑談になったことがあります。その人は砂漠を数日間さまよった人が水を欲するような切実さでこう言いました。「とにかく『笑っていいとも!』が見たかったんだよ。俺、いつもと変わんねぇタモリさんが見たくてしょうがなかったんだよねぇ」。僕にとってのコロナ禍の木村拓哉さんはまさに、その方にとってのタモリさんでした▼「しがみつくことで強くなれると考える人がいます。しかし、時には手放すことで強くなれるのです」との言葉は詩人で小説家のヘルマン・ヘッセのものだそうです。カムバックキムタクでエンタメ熱が戻って救われた僕は、あの頃からいろいろと手放すことも始めていたような気もします。なんと言いますか、「こういう時間さえあれば、ま、いっか」と思えた。それまでは見ていなかった『キングオブコント2021』(空気階段!)に熱狂的に大笑いできたのも、ドラマ『ブラッシュアップライフ』を録画してるのに毎週オンタイムで見たくなるほどに楽しみにすることも、すべてはカムバックキムタクから始まったエンタメ熱だったのでした。その熱はなぜか喉元なんかまったくすぎずに、いまも消えずにしぶとく灯る思いだったりもします。ちなみに、いまのいま、もっとも夢中になって見ているテレビ番組は、実家の母親おすすめの『アストリッドとラファエル2 文書係の事件簿』です▼最後に余談ですが、この夏、デビュー30周年ツアーへの感謝として、つまり、31周年目一発目として、大黒摩季さんが「カムバックサーモンツアー」を開催予定らしいです。ご自身の地元である北海道で。やっぱり、あのテーマソングは歌うのでしょうか? 気になります。大黒さんと関係ないのですが、僕も来週月曜日から北海道・利尻&礼文へと旅立ちます。こ寒いのかな? 楽しみです。それではみなさん、よい週末を(唐澤和也)