20230616(金)
青春ってなんだっけ②

▼というわけで、青春ってなんだっけその2です。あいみょんのNHKの番組に号泣したあげくにふと思いついた企画『青春とアウトドア』。完全なるタイトル先行。笑いでいうと出オチ。そんな企画が具体的に動き出したのは、かなりの偶然のおかげでした▼なにせ、アブストラクトがすぎる企画です。日本語でいうと〝青春〟と〝アウトドア〟といういう言葉の組み合わせによるイメージが抽象的で漠然としている。青春だけとかアウトドアだけなら、くっきりはっきりとしているのに混ぜるな危険な組み合わせなのか。自問自答にとどまらず、カメラマンという名の相棒・関くんとも何度も打ち合わせを重ねたのですが、その輪郭がぼんやりとみえはじめたきっかけが『月刊LOGOS』でした▼『PAPER LOGOS』とか『月刊LOGOS』とかややこしくてすみません。『PAPER LOGOS』はその名のとおり紙の雑誌媒体で、『月刊LOGOS』その名の通り毎月1回更新のウェブマガジン。そんなウェブ雑誌の3代目編集長となったのが昨年の12月号でした。ちなみに、初代編集長も僕だったので、よくいうと返り咲き、悪くいうと出戻り編集長です▼そんな初代編集長時代に体感できたのが、ウェブの無限性と紙媒体のプレゼント性でした。ウェブでは写真を何枚でも掲載できる。読者にとっては同じような写真を1万枚見せられたならある種の拷問ではあるので、あくまで理論上はですが、無限ではある。他方、フラットにはなりがちでもある。写真の大小などのレイアウトでみせる妙を、少なくとも『月刊LOGOS』ではできない(ものすごーく予算のあるウェブメディアなら可能です)。逆に紙媒体は、それが旅ものなどのドキュメントな企画だった場合、写真を厳選しなければならないし、デザイナーと相談しつつどの写真を大きく見せるか、はたまた対抗ページにどんな写真を置くかで、たとえば旅をしたとしてその伝わり方がまったく変わってくる。まるで手編みのセーターのようなプレゼント感。それこそが紙媒体の魅力だと感じたのでした▼その両方のよさをクロスオーバーさせるべく、『月刊LOGOS』を『PAPER LOGOS』にもリテイクすることにしました。まぁ、費用対効果っていうんですかね? コスト面の配慮も当然ありましたが、一番はウェブと紙それぞれの魅力を活かしたかったのがスタート時の大きな衝動でした▼さて、『青春とアウトドア』における『月刊LOGOS』のきっかけについてでした。今年の2月号のこと。テーマをたき火に決めます。『月刊LOGOS』はアウトドアウェブ誌上体感マガジンがコンセプトですから、小難しい机上の空論ではなく、薪の組み方やスウェーデントーチでの料理などのHOW TO要素は盛り込みたい。スウェーデントーチとは、まるっと丸太を燃やしてたき火を楽しんだり、その火力を利用して料理もできちゃう最近人気のアイテムのこと。LOGOS製スウェーデントーチが佐賀県で作られていることを知り、ちょっぴり欲が出てくる3代目。HOW TO要素だけでも企画としては成立するけれど、そういえば佐賀県を旅するのははじめてのこと。せっかくだから、佐賀県ならではの旅感というか、出会いというか、なんかないものか。リサーチを重ねてみると、なんと、佐賀県にはスウェーデントーチを学校の授業で製作している実業高校の学生たちが実在したのでした▼そんな出会いがあった日には、ブルンブルンにふきあがるやる気エンジン。とはいえ、取材というものは相手の同意があってこそ成立するもの。いくらこちらがブルンブルンでも先方のOKがなければ先へと進めません。ましてや学校ですから、たとえばタレントのインタビューなどとはお互いの関係性も異なります。タレントの場合ならば少なからず取材されることにメリットを感じてくれるものですが、学校はそうじゃないかもしれない▼<相手にだって断る権利がある><断っていただいてもOKな余白を持たせてお願いする>。これは、取材やインタビューをオファーする時の自分のなかのルールだったりします。基本的に取材依頼をする側の立場が多いのですが、ごく稀にオファーされる側になることがあります。たとえば、『マンスリーよしもと』という雑誌や『マイク一本、一千万』という書籍を担当させてもらっていた頃には、M-1グランプリの決勝進出コンビを予想してほしいという依頼がありました。笑いに詳しいライターとして、ある種の評論が求められる仕事でした。評論家という仕事は自分にはできないという意味も含めて敬意がありますが、自分自身の資質を鑑みるにインタビューライターです。つまり、相手がいてなんぼの仕事。しかも、当時は数多の芸人を取材させてもらっていたというのに、決勝の数組だけを選んで評論っぽいことをするだなんて失礼がすぎる。そんな理由を説明しながら丁重にお断りしたのですが、なぜか納得してもらえない。あげくの果てには「じゃあ、どうすれば引き受けてもらえるんですか!?」とものすごく圧をかけられたのが嫌で嫌で嫌で嫌でした。じゃあ、じゃありませんからと。そもそもやりたくないんですと。以後、自分自身が逆の(というか、基本的な)立場の時は<相手にだって断る権利がある>を忘れないぞと決めたのでした▼さてさて、ここまでの話の流れはいったいなんだったんだというぐらい、『月刊LOGOS』2月号でオファーさせてもらったT先生は快諾でした。ありがたいぐらいに『月刊LOGOS』をおもしろがってくれて、こちらの要望を満額で叶えてくれたのです。スウェーデントーチを授業で作っていたのは5人の男子学生だったのですが、彼らのキャラクターが魅力的でした。その様子は本編の『月刊LOGOS』で読んでいただけたらうれしいのですが、彼ら5人の魅力を確信した僕はT先生に『PAPER LOGOS』の「青春とアウトドア」のオファーもさせてもらったのです。もちろん、<相手にだって断る権利がある>イズムで。結果、ふたたびの快諾。それから2度の佐賀県旅を重ねて、7月にも最後の取材と撮影を画策中です▼取材を重ねてきたいま思うのは、彼ら5人の無邪気さや、大人ぶりたい瞬間の生意気さや、やっぱり真っ直ぐなところや、コロナ禍での失望や切なさを読者に伝えられたらなぁということと、それだけじゃなくて、青春という季節のただ中にいる彼らを見守っている大人の存在も書きたいということ▼5人のうちのひとりは、スケートボードに青い春を賭けていたのですが、ボランティアで子供たちを教えていました。その施設を作った大人が魅力的だったのです。その人も小さき頃からスケートボードに夢中だった。でも、すべるところがない。大人になった。子供たちは自分と同じようにすべるところがない。だったら、作っちゃえ。ビジネス的勝算はなにもなく、奥さんにもかなりの勢いで怒られたそうです。でも、その人は楽しそうでした。僕たちが取材にうかがった日の子供たちも彼らなりの恐怖と戦いながら楽しそうだった。「いつかオリンピック選手がここから出たらすごいですね」とその日一番素直に感じたことを告げると「ですね!」とその人は純度100%の微笑みで笑ってくれたのでした。青春そのものではないけど、青春感のようなもの。まだ答えは見つからないのですが〝のようなもの〟も書けたらなぁと願う週末です(唐澤和也)