20230602(金)
どぶろっくとひとみさん

▼先週の週末が気がつけば今週の週末になっちゃっていて、なんだかなぁで、すみません。先週の土曜日と日曜日、4年ぶりのフェス取材へ行っておりました。頭を蚊にさされるのも、色白ゆえに真っ赤に日焼けして、お風呂が痛いのも久しぶり。かゆかったり、痛かったりなのに、楽しいという不思議。そのフェスの名は「唐津シーサイドキャンプ」という▼佐賀県への旅でした。その名の通り、シーサイドステージが贅沢なことこのうえなし。もしも自分がアーティストだとすると、目の前に見えるのは砂浜に立っている観客(つまり、砂浜がステージ)、その向こうに海。アーティストは海を見ながら演奏できるわけで、逆にいうと、客はアーティストを見ずに背中で音楽を聴きながら、海を見つめることだってできる。実際、そういう人が何人もいたのですが、僕はといえば、ステージ前の砂浜をぐるっと横切って、堤防のようなところで奥田民生の『イージュー★ライダー』に聴き入ったのでした▼仮に奥田民生が僕という観客だとすると、手前から、海、砂浜(人だかり)、そしてステージ。雷は落ちないけれど、桜の花びらが揺れ落ちるような、ゆるい衝撃。もちろん、仕事ではある。でも、もはやそういうことを言ってる場合じゃなくもある。ひとことで書くなら「編集部が一番楽しんじゃってごめんなさい」というやつだったのでした▼そんなナイスなフェスで奥田民生ばりにハートをわしずかみにされて、さらにレモンを搾るかのように心をぎゅっとされたのが、どぶろっく。衝撃でした。雷が落ちるほうの激しい衝撃でした▼レモンを搾られたのには、前段があります。僕と相棒のカメラマン関くんは金曜日に前のりをしていたのでした。理由は「唐津シーサイドキャンプ」そのもののルポだけではなく、テントをはじめとするフェスアイテムが試せるモデルルーム的なものを前日のうちに作っておきたかったから。ふたりで3つのテントを建て、2つのテントサイトのコーデを終え、会場の様子でも見ておきますかとふらふらしている時に出会ったのがひとみさんでした▼30年もさざえのつぼ焼きを仕事にしているひとみさん。のちに奥田民生のライブでゆるい衝撃を受けることになるシーサイドステージの近くに、さざえのつぼ焼きのお店が軒を連ねていて、ひとみさんもそんな職人のひとりだった。旦那さんのお母さんのお店を譲ってもらったのだそう。聞けば、明日も働いているという。素焼き、しょうゆ、甘じょうゆの3つの味を一皿で楽しめたりするともいう。「じゃあ、明日来ますね」「うん。奥から3番目のお店だから。〝ひとみさん、おってあります?〟って聞いて」なんてやりとりをしたのでした▼そして、土曜日のお昼と夕方のはざまほどの時間帯。奥から3番目の店を訪ねると「ひとみさん、おってあります?」と聞くまでもなくひとみさんがさざえを焼いていた。「あらま」と僕たちをちゃんと覚えてくれていて、満面の笑顔で迎え入れてくれる。さざえのつぼ焼きとイカ焼きとビール。さざえを1個おまけしてくれたりもなんかして、このお店の歴史なんぞを聞いていると、なんだかひとみさんの様子がおかしい。さっきまで抜群の笑顔だったのに。「ごめんね!私、どぶろっく、見てきていい?」と言い終わるや、甥っ子の焼き手とお店を交代すると砂浜という客席を目指すひとみさん。甥っ子いわく、佐賀県出身のどぶろっくは、地元では超の付くスーパースターなのだそう▼となると、僕と相棒の行動も決まってくる。さざえとイカを平らげ、ビールを飲み干し、「行くべ!」と。スーパースター、見に行くベと。そして、どぶろっくの生のステージを人生初体験したのでした▼いまどきの言い方をするのなら、そのライブは控え目に言って最低で最高でした。テレビよりも下ネタがすぎる。すぎるのだけれど、なぜか品がある。そうなんです。下ネタだけれど下品ではない芸風。個人的には、なぜだか『キングオブコント』には少しばかりの距離があって、2021年の空気階段が王者になった大会以降しか見ていなかったので、2019年度王者のどぶろっくは、じっくりとその芸を味わったことがなかったけれど、控えめにいっておもしろくてかっこよかったのでした▼さてさて、誰ひとりマスクをしていないという環境は、昨年の小笠原諸島への旅以来でした。表情が見えるっていうのは、取材者としてはやっぱりいい。家族向けのフェスであり、2つのステージでは子供が遊んでいたり、お父さんの肩車でじっとアーティストを見つめていたり。そして、最終日には娘さんとかわいい孫と一緒のひとみさんに、ばったり会うことができました。おいしかったさざえのお礼を告げると彼女はなぜだか申し訳なさそうに言うのです。「ごめんね。私がどぶろっくを見に行ったばっかりに……」。ちょっと変わった謝罪の言葉に笑ってしまいながらも、いえいえと。おかげで僕らも佐賀県が誇るスーパースターのライブを体感できたのですから(唐澤和也)