20230422(土)56回目のシニシニニ

▼母は言う。昭和42年4月22日、朝。「ゴーン!」というお寺の鐘の音とともに「オギャー!」と生まれた男の子が30歳になった頃、愛知県豊川市の実家のキッチンで僕に言う。「お寺の鐘と一緒に生まれてくるだなんて、この子は大丈夫だと思ったのよ」。親バカここに極まれりですが、4と2しか付かない誕生日(シニシニニ)で56歳になった本日も、どうにかこうにか、大丈夫みたいです▼体調はすこぶるよいので年齢のことはほとんど考えないのですが、それでもふとした時に(あとどれぐらいいまの仕事を続けられるんだろう?)と、とりとめもなく想像したりはします。そんなことを考えたり想像すると、もれなく落ち込んだり悩んだりするもの。でもですね、1週間ぐらいするとその悩むということに疲れてしまって、決まってこういう結論になります。「考えてみたけど、結局わかんない。わかんないけど、まわりの人が決めてくれる」。後半の「まわりの人が決めてくれる」というのは、42歳の時に一度だけライターをやめようか、でもなぁと進退について悩んだ時にふと浮かんだ言葉でした。フリーランスである以上は仕事がなければ食っていけないわけで、仕事がなければ廃業だよなぁと。だったら、自分でやめるかやめないかを悩むなんておこがましいしバカらしいと思えたのです。簡単に言っちゃえば、楽になれた。答えがわからないのに楽になれるだなんて変な話ではあるのですが、そんな42歳の時も、以後たまに訪れる不安な時も、思い出しては救われる魔法の言葉です▼魔法の言葉。そんな5文字をいま書いてふと思ったのですが、もしかしたら、「パンチラインプロダクション」という屋号には、知らず知らずのうちにそのニュアンスを込めていたのかもしれません。このコラムでも何度か書きましたが、パンチラインとは自分が敬愛する2つのジャンルに共通するキーワードです。ひとつは笑い。トム・ハンクス主演による映画のタイトルにもなっている『パンチライン』とは、笑いの世界では〝オチ〟にあたるのだそうです。もうひとつが、ヒップホップ。一般的な音楽のサビとはまた違うような気がするのですが、ある楽曲におけるラッパーの〝聴かせどころ〟な言葉。それをパンチラインと呼ぶそうです。たとえば、ZORNというラッパーの「洗濯物干すのもヒップホップ」というパンチラインは、当時のヘッズ(ヒップホップが好きなリスナーのこと)から圧倒的に支持された名言でした▼名言。ヒップホップのパンチラインは、その前後で韻を踏むというテクニックも絡むので名言という表現は若干違和感があるやもですが、個人的にはパンチライン=名言だと意訳してきたのでした。そこには笑いの〝オチ〟も含まれますから、真面目な言葉だけでなく、いわゆる〝迷言〟の類も込み込みです。せっかく、言葉を使うライターという仕事をしているのだから、自分がインタビューなどを通して受け取った名言(&迷言)を読者に伝えたい。そのためのプロダクションにしたい。それがパンチラインプロダクションという屋号に込めた想いだったのです▼そんなこんながあっての、魔法の言葉。いやはや、「なぜに週末は毎週やってきやがんだ!」とパンチラインプロダクションの事務所でひとり愚痴りながらも、書き続けてみるもんですね。この屋号を名乗って8年目ぐらいなのですが、初めてこう感じました。名言(&迷言)というよりも〝魔法の言葉〟こそが僕の思うパンチラインなのかもしれないぞ、と。では、魔法とは? それは、価値観や感情を一瞬で大逆転してくれるもの。たとえば、先週の漁師さんのパンチライン「(好きな言葉は?)セニョリータ!」って、聞いたその場でも笑っちゃったけど、まじめすぎる自分がバカバカしくもなって、価値観みたいなものがちょっぴり変わったりもした。つまりは、魔法の言葉だったのでした▼そう考えると、30歳の時に母が教えてくれたエピソードもまた、魔法の言葉のひとつなのかもしれません。「この子は大丈夫」って、根拠なんてほとんどない。合理主義者ならば「お寺の鐘と一緒のオギャーってそれがなに?」と断じることでしょう。でも、言われた本人はなんだかうれしかったし、いまでも覚えているぐらいなので、その言葉の前後で世界が変わってもいるのですから▼ここ数年の母親は、シニシニニの時期になると一通の手紙を送ってくれます。80歳を超えたというのにすごいなぁと思うのですが、最近、スマホに変えて、パンチラインプロダクションのホームページが見られるようになったと。このコラムではじめて知る息子の半生が綴られていることもあるそうです▼そういえば、人生の要所で母は僕に手紙を書いてくれたのですが、19歳で東京生活を始めた時には、母の手編みであろう毛糸の腹巻きと、こんな一句が書かれた手紙が添えられていました。「これ巻いて 風邪をひかずに 和也さん」。秋の終わりのことでした。母の愛ってやつが詰まった心あたたまるエピソード。……なのだろうなぁと、他人事だったら僕も思います。でもですね、物心がついてからというもの、僕は一切の腹巻を巻いたことがなかった。これ巻いて、風邪をひかないようにした思い出がまったくない。「母上様、どういうこと?」なんてことは言えるはずもなく、しみじみと奥歯で笑ってしまった19歳の秋の思い出。あの手紙もまた、迷言かつパンチラインだったのでした(唐澤和也)