20230325(土)
地球が固唾を飲んだ瞬間

▼今週のハイライトは、久しぶりに雨の中の撮影&取材となった和歌山県堅田漁港の旅でした。「産業用作業着」というカタログの取材で、産業用作業着=漁師さんのカッパだったのですが、濡れようが寒かろうが平気だったのは、その前日に超ハイライトがあって歓喜をひきずっていたから。阪神ファンからするとアレ、世の中的に言うとWBC14年ぶりの優勝。東京から新大阪へ向かう新幹線でアマプラを繫いでの決勝戦観戦だったのですが、車内には僕以外にもWBCウォッチャーがあふれていて、しかも個々の電波状況に差があるもんだから、リアルタイムで見ている人もいればタイムラグのあるちょっと前の場面を見入っている人もいて。新幹線には十人十色で百花繚乱なWBCが、ほぼ生中継でスマホの画面に咲いておりました▼名場面と名台詞まみれの大会でした。田舎の母親から「さすがの村上様!」と、いままさにテレビの前で叫んでいる声が聞こえてきそうなLINEが届いた対メキシコ戦のさよなら勝ちの場面。異次元のスーパースター大谷選手の東京ドームの自身の看板直撃弾とぶあついミットに穴があくんじゃないかという164キロの豪速球。韓国戦のヌートバー選手の骨が折れてもいいぐらいの勢いで突っ込んで捕球した超ファインプレーと、実際に骨が折れていたのにプレーし続けた源田選手のどこに目がついてたらあんなふうに補球できるんだろという決勝戦での背面キャッチ。同じく決勝戦の大谷選手対マイク・トラウト選手の超の付くガチ勝負と横にすべりまくる漫画の稲妻のようなスライダーによる決着、三振。大谷選手だけ2回も登場しちゃったけど、でも、そういう大会でした▼名言でふりかえっても、やっぱり大谷選手がMVPで「僕からは1個だけ。憧れるのをやめましょう」は日本列島をしびれさせました。今回の大会を振り返って「まるで漫画のよう」という評が散見されましたが、実際にそうで、『アオアシ』という傑作サッカー漫画でも主人公が同様のニュアンスの言葉をゲーム前に口にして仲間を鼓舞しています。大谷選手のパンチラインのほかにも、村上選手が栗山監督から言われたという「遅いよムネェーーー」。うちの母親が興奮してLINEしてきたメキシコ戦のさよなら勝ちを決めるセンターオーバーのヒットを打ったあと、監督が村上選手を抱きしめて口にしたその言葉も日本列島を涙で濡らしました。選手や監督の言葉以外でも、グランドレベルレポーター・中居さんの「泥だらけのストッパー」や元プロ野球選手である解説者里崎さんの「WBCはどれだけ打ったではなくいつ打つか」まで、すごいものには素晴らしき言葉が彩られることを再確認できた大会でもありました▼裏名場面もありました。地球が動きを止めるんじゃないかという固唾を飲んだ決勝戦最終回最後の対決。三振、一瞬の静寂、数多の大歓声。そのしばらくあとの映像でした。敗戦後のアメリカ代表の選手の多くがベンチから去らずに歓喜に湧く日本チームの様子を見つめ続けていたのです。こういう時、映像は残酷で、だからこそ言葉以上のなにかを観る者に伝えてくれます。揺れる感情で複雑な色をしたその瞳。勝者を見つめる横顔を抜かれたのは、もちろんマイク・トラウト。メジャーリーグのことをたいして知らない僕でも知っている3度のシーズンMVPを獲得しているスーパースターです。彼らはその場から逃げませんでした。負けを受け入れた人たちは強い。WBCの開催の度に野球の母国アメリカでは賛否両論がうまれるそうですが、この敗戦を受け入れたアメリカチームは、さらに強くて怖いチームになる予感がします▼裏名言もありました。それは、一般的には名言とは呼ばれないものでした。今週のハイライトである旅取材により、決勝戦を大きなテレビ画面で観戦できないことがわかっていたので、録画をしていたのです。旅から戻った夜、疲れ果ててもなお見たかったのは、村上選手や岡本選手の本塁打や大谷選手対トラウト選手の対決でした。結果は知っているわけで、追い感動というか、まあ、野球好きのもの好きな行為です。でも、見てよかった。映像は時に残酷ですが徹頭徹尾リアルでもあって、大谷選手対トラウト選手の対決時にベンチが抜かれて映し出されたのはダルビッシュ選手。その対決の前の8回の裏に最低限の仕事で投球を終えてベンチで応援をしていたのですが、そんなダルビッシュ選手の唇がこう動いたように見えたのです。(がんばれ)と。36歳にして6年契約(つまり、42歳まで)を望まれる偉大な投手が、後輩である大谷選手にむけて(がんばれ)とつぶやいている。もちろん、スタンドの歓声にかき消されて声になんてなっていません。でもだからこそ、胸を撃ち抜かれました。物語でいうところの伏線も効いていて、それはダルビッシュ選手のチームへの献身っぷり。若い頃の彼のやんちゃさも知っているオールドファンからするとその献身はそれだけで感動的で、なのにさらに、最後に目にした言葉が、比喩的な意味ではなく映像を通して口の動きで目にした言葉が(がんばれ)って。あなたは、傑作バスケ漫画『SLUM DUNK』で絶対王者山王との決勝戦で仲間を(がんばれ)と応援するメガネ君こと木暮公延なんですかと。号泣でした。後日、そんなダルビッシュ優選手に奥様が送ったのは「世界一かっこい夫」というパンチラインで、その言葉にも号の泣だったのでした(唐澤和也)