20230226(日)
ウォーク・ドント・ラン
▼2月も終わり。斜めに差し込んでくる朝日に春めいたあたたかさが戻りつつも、やっぱり深夜はまだまだ寒いこの季節。そんな今週のある夜、深めで寒い時間帯に仕事を終えて、徒歩で帰っておりました。昨年の10月に引っ越して以降、基本的にはチャリ通勤なのですが、雨予報が出た時は徒歩を選んでいるからでした。自転車5、6分、徒歩20分。時間は倍以上かかるのですが、根が体育系なのか田舎者ゆえからか歩くのが嫌いじゃありません。加えて、予報ははずれて雨もなしで気分もよし。てなわけで、その夜も口笛を吹くほどにはご機嫌ではなかったですが、録画したまま見れていなかった『ブラッシュアップライフ』をチェックするのは今日なのかそれとも明日なのかそれが問題だ……などとわりと能天気に歩を重ねていたのです。あの瞬間までは▼背後から足音が聞こえてきます。周囲には深夜だけあって誰もいません。ザッ……、ザッ……、ザッ……という足音がいよいよ背後に迫ったその時、振り返る間もなく、すん、と追い抜いていく男性。一変する能天気モード。その時、僕はこう思ったのです。(あれ? 俺、歩くの遅くなってる?)。そうなんです。根が体育系なのか田舎者ゆえからか歩くのが嫌いじゃない僕は、その速度にもそれなりの自負があり、歩いていて人に追い抜かれるという経験が記憶になかった。なのにウソでしょと。俺、老いてるの?と。狼&狽する深夜の55歳。それでも、そこは年の功です。追い抜かれる経験はなくとも、自分に都合よく解釈する思考方法のキャリアは積んでいます。いや、俺が老いているんじゃなくてあの人がでかいんだ、と。我が阪神タイガースの選手でいうと兵庫県神戸市出身の才木浩人投手、身長189センチぐらいでかかった。でかいということは歩幅も大きい。そりゃあ、すん、てな感じで抜かれもするってもんです▼ところがです。浅はかな年の功的思考を徒歩の神があざ笑うかのように用意したのが、背格好が僕とほぼ同じな男性。ザッ……、ザッ……、ザッ……というあの忌まわしき足音が迫ってきたと思ったら、またしても振り返る間もなく、すん、と追い抜いていくじゃありませんか。愕&然とする深夜の55歳。それでも気を取り直して、自分に都合よく解釈する思考を探してみると、重箱の隅の隅のほうに見つけました。たしかに背格好は同じぐらいだったけれど、年齢はどうか。深夜の暗がりでよく見えなかったぞ。きっと20代の若者に違いない。いっそ区切りよく25歳ということにしてみよう。30歳の年の差は、そりゃあ歩くスピードも違うよね。ドンマイ、俺と。胸を撫でおろしたのでした▼ところがのところがです。まるで、「今日という今日はお前に言い訳はさせないぞ」と浮気がバレた時の嫁ばりの勢いで、徒歩の神さまが用意したのは、ハイヒールでした。カツ……、カツ……、カツ……という深夜で静かだからかふだんよりもいっそう高い音で響くそれが迫ってきた刹那、すん、と追い抜いていったのです。さすがにちょっと悔しくて、追いつこうとしましたが、そりゃじゃあまるでストーカーみたいじゃないかと思い直し、立ち止まり、夜空を見上げました。うん、もう認めよう。俺、歩くの遅くなってるわ。人間、認めると楽になるもんなんですね。そこからの帰路はいつもよりわざと遅く歩いて帰ってやりましたよ▼さてさて、いまから気仙沼出張です。毎年、ライティングを担当させてもらっている『気仙沼漁師カレンダー』の仕事です。かなり時間に余裕を持って家を出ようと思います。なにせ、歩くのが遅いもので。ウォーク・ドント・ラン。走らずに、歩け。10代の頃に買った村上春樹氏と村上龍氏の対談本のタイトルですが、なんだか、そんな感じでいけたらなぁと思っております(唐澤和也)