20230218(土)
アウトドアの家常豆腐
▼目の前で中華鍋が踊っている。家常豆腐。かじょうどうふ、あるいは、ジャア・チャン・ドウフと読む。麻婆豆腐とは違って、選ぶ食材は豆腐ではなく厚揚げ。そして、今日のこの料理を司る熱源はたき火だ。いったん豪勢に燃やしてから火を落ちつかせて熾火(おきび)という状態を作って安定した火力で遠赤外線効果とともに焼くことがセオリーだが、家常豆腐はまず最初に厚揚げを焼き付けるのがコツなのだそう。理想の火を探して、熾火よりはもうちょい燃やしてみる。まだ冬とはいえ緑色の芝生と冬だからこその凛とした青空とゆらりと燃ゆるたき火の赤。3色のコントラストが美しい。鼻から吸い込まれる香りは、まるで本場の中華民国へと誘われるかのような魅惑さであった▼なーんて、本場の中華のお味なんて知らないくせにちょっとかっこつけて書きたくなるほど、おいしくておもしろかったのでした。毎年恒例の撮影で、アウトドア系ウェブマガジンの春レシピ企画。毎年ふたりの料理家に「このアイテムに合うレシピを」とアイテムありきの難しいお願いをしているのですが、中華鍋を使っての家常豆腐はFさんのアイデアでした。Fさんは肉料理や煮込み料理が得意なので、イタリアンを出自としているのかなあと勝手に想像していたけれど、はじまりは中華だったとのこと。気になるのは、なぜに料理家に?というきっかけです▼この日は5つのレシピを実演してもらわなきゃで、つまりは仕事中だったので、詳しくは聞けなかったけれど高校生の時にはすでに料理の世界に進みたくて、その高校からいける就職先が「中華」か「お菓子」だけだったのだそう。その時にFさんがお菓子を選んでいたら、いま一緒に仕事をしていないのかもなぁと思いつつ、今度会った時は、その手前を聞いてみたい。中華かお菓子の選択ではなく、その手前=そもそもなぜ料理の世界を志したのかについて▼それこそ、たき火を囲んだ夜で、そろそろ会話も尽きたいい感じのけだるい時間に「生まれ変わったらどんな仕事をしてみたい?」なんて質問をされたとします。たき火かどうかはともかく、けっこうあるあるな質問ですよね。そんな他愛のない問いに対して、まるで就職試験の面接の既出問題のようにすっと答えられる人が僕のまわりには意外と多くて、かつ、その理由も納得のいくものでした。ところが変に真面目なところのある僕はすっと答えられずに長年いたのですが、家常豆腐のレシピを教えてもらいながら思いました。料理家はいい。憧れます。なにがいいって、目の前で中華鍋だけでなく、食べる人の心も踊らさせられること。ライターはリアルタイムで喜怒哀楽を伝えられません。家常豆腐のことにしても、金曜日の出来事をいま思い出して書いていて、なんだったら1ヶ月後なんてことも紙面の場合ならばあるわけですから。でも、食はリアルタイムというかオンタイム。口に入れて舌にのせた瞬間に、おいしかったのなら、人を笑顔にさせる。そういう意味では、芸人と料理人は近しい存在なのかもしれません。芸人は、おいしいの代わりにおもしろいを提供してくれて、その笑いが〝お耳にあえば〟笑顔になる▼というか、料理家に限らず(そもそもなぜにその仕事を?)って聞いてみたいです。スタッズ・ターケルの名著『仕事!』からの影響はもちろん受けているとは思うけれど、仕事そのものの魅力やリアルというよりも、きっかけをメインに。漫画家や芸人やラッパーは、死ぬほどに憧れた人がいたのがきっかけだろうけど、料理家はいろんなパターンがありそうだし、ライターである僕のきっかけは「成り行き」だったのでした(唐澤和也)