20230202(金)
瀬戸内海妄想移住計画
▼「水がおいしいところがいいな」と彼女は言った。……と、なにやら意味深な書き出しだが、残念ながら色も恋もへったくれもない雑談時のもの。ある時、友達の女性カメラマンと「移住するならどこがいい?」という雑談で彼女がそう答えた。僕は「ふーーん」と相槌を打つ。お肉をじっくり焼くにはいいかもな超低温で。いま振り返ると、自分で質問しておいて「ふーーん」はないだろうと申し訳ないが、その時はあまりにピンとこなかったのだ。水のおいしいところってどこよ?と。そして、それのなにがいいのよ?と。ところがこの1月、「水って大事だぞ」との実感があったのでした。彼女の言葉をいまさらながら讃えたい、と同時に、自分の見る目のなさを恥じ入りたい週末です▼「水って大事だぞ」の実感は、北海道の東川町でのことだった。この〝週末〟でもちらりと書いたクロスカントリー少年に会いに行って、なぜだか彼らからインタビューを熱望されるといううれしいサプライズがあったのだけれど、そっちの原稿はもう書けた。実は、そっちじゃないほうの原稿がもう一本あって、こちらは9月出版予定のもの。9月ってことは秋だ。でもだ。なにせ2024年の目標は「書」なので、取材から間髪入れず、熱があるうちに原稿にまとめようと思っている▼さて、そっちの原稿でテーマのひとつになるのだろうなぁと思っているのが、移住について。なんと、北海道東川町の移住率は50%を超える。しかも、移住人気の理由のひとつが「水がおいしい」ということ。全国でも珍しい上水道を完備していない町で、というよりも、完備しないように行政と戦った世代の人たちがいて、その理由は、名峰・旭岳から湧きいずる清らかでおいしい水を、しいては自然を守るためだった。冒頭の友人の「水がおいしいところがいいな」を聞いた時の〝見る目のなさ〟極まれりな僕は、水を飲みものとしか考えていなかったのだと思う。コンクリートジャングル東京の水道水ですら、浄水フィルター越しならおいしい。でも、おいしい水のその先に、浄水フィルターなんかじゃない、雄大な自然があるのだとしたら? 実際、東川町で出会った移住者の方々は、旭岳をはじめとする自然に惹かれてこの町への引っ越しを決めたようだった▼古いドラマの潜水艦が海からちょこんと潜望鏡を出して、ぐるっと回転させたように。移住の主語をぐるっとしてみる。僕にとっての移住ってどうなんだろうと脳内でその漢字2文字を検索してみると、一度だけ、もどきな出来事があった。3年ほど前のことだ。コロナのストレスとお酒の力がほどよく混ざりあって、瀬戸内海の島の古民家かなにかを購入して東京との2拠点生活を夢みちゃったのである。悪友・関くん発案の妄想だったから、これまた色も恋もへったくれもないおっさん同士の雑談だったけれど、大いに盛り上がった。盛り上がったし、いまだにふと夢見る時がある▼(以下、妄想)移住から3年ほどがたった頃だ。瀬戸内海のその島に東京の後輩が訪ねてくる。僕はちっちゃなモーターボートを器用に操って、その友人がいる港的なところまで迎えにいく。その島は、公共の船などではアクセスできない僻地にあるのだ。「なんすか、真っ黒っすね!」。僕に気づいた彼が言う。「そうかな?」と、僕はわざととぼけて、白い歯を見せて笑うのだった(以上、妄想終了)▼……と、こんなことを夢みちゃっているとニヤケ顔がとまらないが、実際の移住を考える人はそんな妄想に時間を費やさずに、勢いと縁でさくさくと行動に移している印象がある。東川町で出会った人もそうだった。そういう人たちの話を、まるで東川という町を人に見立てた擬人化インタビューのような原稿が書けたのなら。しかも、9月という秋の出版予定のものを2月という冬の間に書きあげちゃったのなら。いまだかつて季節をふたつさかのぼっての前倒しは経験がないけれど、もしも書けちゃったのならニヤケ顔がとまらないことだろう。こちらは妄想にならぬよう、さくさくと行動しようと思う(唐澤和也)