20230128(土)
悪くない悪口
▼週に1回程度通っている整骨院には、腰痛や肩の痛みに悩む人が訪れるわけですが、その日の初老男性の悩みには軽く衝撃を受けました。早朝9時に「俺、ガニ股だからさ」とぽつり。隣りのベッドで、うつ伏せになって施術を受けながら聞き耳を立てる僕。先輩、その年齢だったらガニ股なんてもういいじゃないっすかと反射神経的に思ったものの、人の悩みは人それぞれ。むしろ、ガニ股に効く施術があるのかが気になったのでした▼ところで、悪口って悪いものなのでしょうか? 字面からして悪そうではあるんですが、今週見たある映画からの妄想で、悪口は悪いことばかりじゃないのかもと思い始めている週末です。それがどんな映画だったかは、しばしお待ちください。まるで、飲み放題のお店だからと、いいペースでおかわりしていたのに急に団体客が入店したせいで我々のテーブルがおざなりになって、しばらくお酒がこなかったあの夜のように▼そもそも、ここでいう悪口とはなにか。語感には個人差があるものなので、たとえばこんな出来事をどう思うか。それは、サッカーワールドカップ大会開始前のことでした。元日本代表の闘莉王さんが、自身のイメージと違いすぎたせいか代表に選ばれた選手たちを酷評します。「ヘボ、ヘボ、ヘボ。3人をミキサーに入れて1人だけの選手を作るんだったら、それも作れないくらい、3人ともヘボ」と。サッカーに明るくない僕は、ものすごく嫌悪感を抱いて「悪口にもほどがある!」と、その3人の選手の関係者でもないのに激しく憤ったものでした。ところがその後、日本がドイツを破る金星をあげた翌日。サッカーに詳しい知人いわく「いや、あれは悪口でもなんでもない。まず、闘莉王はそのあとでちゃんと謝罪しているから。それに、俺も彼と同じ意見だったし、なにより闘莉王は代表を愛してるだけだから。悪口じゃなくて、批評ってやつだよ」と教えてくれたのです。ちょっと衝撃的なものの見方でした。初老でガニ股に悩む先輩の告白を聞いた朝ほどの驚きでした。もちろん、その知人の意見がすべてではないので、サッカー好きのなかにも闘莉王さんの発言を「悪口!」とした人もいるはずです。でも、少なくとも100%の悪ではないということが、衝撃的でした▼一方で、エンタメの世界ではこんな言葉があります。「韓国映画に日本は勝てない」。韓国映画『パラサイト 半地下の家族』が、2020年のアカデミー作品賞を受賞したあたりを前後によく耳にするようになった言葉。この言葉もまた、悪口ととるか否かには個人差があると思いますが、悪口と捉える派として話を進めます▼さてさて、もはや放置プレイ状態だった映画のタイトルは『ヘルドッグス』。原田眞人監督、岡田准一主演のこの映画は、東京ノワールとでも呼べそうな作品で、アンダーカバー(潜入捜査)ものでもあり、元刑事がある事件への贖罪から闇落ちし、ある理由による潜入捜査に挑みます。そんな〝ある〟を紐解いていく見せ方が秀逸で、意外性だけの奇をてらった大どんでん返しじゃないのがよくって、しかもその〝ある〟が切ないのです。そして、アクション。2023年現在、おそらく世界は岡田准一をナメていて、本作で「格闘デザイン」も勤めている彼の実力をもっともっと多くの世界の人に見てもらいたいと願わずにはいられません。まぁ、ヘボ呼ばわりされたサッカー選手の時と同様、関係者でもなんでもなく余計なお世話なのですが▼さらに、準主演でもある坂口健太郎をはじめ、俳優陣が揃いも揃っていい味を出している。てなことを感じたその時、ふと妄想したのです。もしも「韓国映画に日本は勝てない」との言葉が本作の俳優陣を奮い立たせたとしたら? 俳優陣どころか監督をはじめとするスタッフも鼓舞していたとしたら? まったくもってありえない妄想とは言えないはずです。だって、自分たちがなにかを捧げているであろう日本映画という表現に対して「韓国映画に日本は勝てない」などと、個ではなく全体で語られた日にはムカつかないはずがない。その結果として『ヘルドッグス』という傑作がうまれたのなら? ならば、悪口は悪いことばかりじゃないのかもと思ったのでした▼週に1回程度通っている整骨院には、腰痛や肩の痛みやガニ股に悩む人が訪れるわけで、つまり、人それぞれ。悪口にも個性がある。良き悪口は批評なのかもしれないし、悪くない悪口というものもあるはず。そして、その手のプラスの悪口を言うには才能と愛情が必要なのかもしれません。闘莉王さんだったらサッカー元日本代表選手になるほどの才があり代表への愛もあった。M-1王者であるウエストランドの悪口は〝結局おもしろい〟から笑えるわけだし、漫才が好きだからあの芸風にたどり着いたわけで。残念ながら、悪口を言う才能のほうには恵まれていない僕ですが、それでも「韓国映画に日本は勝てない」という〝悪口〟にどうにかして反論できないものかとここまで粘れたのは『ヘルドッグス』という映画がおもしろくて好きで、愛情だけはあったからなのかもしれません▼余談ですが、『ヘルドッグス』のある場面に対して「韓国ノワールの傑作『新しき世界』のパクリじゃねえか」との悪口もあるやもですが、原田眞人監督はそんなことはわかったうえで捧げたオマージュだと感じました。「パクリかオマージュか問題」も結局はその作品を好きか嫌いかであって、それを分断と呼ばずに多様性とくくれたらいいなぁと願う週末でした▼(唐澤和也)