20221126(土)
むずかしいことをやさしく
▼なぜだかわからないけれど、時々、難しいものを読んだり見たりしたくなる。たいがいは調子の悪い時期で、たとえばコロナ禍の頃なんて、内田樹さんの著作をむさぼるように読み漁った。ほとんど理解はできていないけれど、内田樹さんがおもしろいということだけはわかったと思う。そして、いま。怒涛の入稿ラッシュを終えたタイミング(つまり疲れ切っている)で手にしたのは映画評論家の蓮見重彦さんの著作。印象だけで恐縮オブ恐縮だけれど、難しそう。ところが、一気に読めてしまったのは、蓮見重彦さんにとってのはじめての新書で、構成担当者が存在する聞き書きの著作だったから。タイトルは『見るレッスン 映画史特別講義』という▼おそらく、ほかの著作よりも難易度は低かったはずだけれど、やっぱり簡単ではなかった。それでも読んでよかったのは、世間の評価が高い監督であろうが忖度なしの厳しい言葉も口にする氏が、世間ではさほど知られていないであろう映画監督を激賞していて、しかもその監督が日本人で、俄然興味を持って即DVDを購入して鑑賞したところ、めちゃくちゃにおもしろかったからだ。めちゃくちゃにおもしろかっただなんて、万が一にでも蓮見さんに読まれた日には、大ダメ出しをくらいそうなチープな表現なので、せめてたとえてみる。柔道の黒帯級の実力者に一瞬で足元をすくわれて宙に舞い、いまいる世界線がひっくり返るほどの衝撃を受けたのだった。タイトルを『息の跡』、監督の名は小森はるかさんという▼あの時、陸前高田ですべてを流されてしまった種屋さんの男性を追いかけるドキュメント。佐藤さんという方だ。ある日、震災の体験、心情を英語で綴るようになる。別に英語が得意だったからじゃない。なのになぜ英語だったかには深い理由があるのだけれど、そのことを記すのはあまりにも野暮というものだ。とにかく見てほしい。そして、僕の身近ならばレンタル可能です。なぜなら、昨夜見終わってからというのも、なんだかいてもたってもいられず、この作品のためになにかできることはないかと考えた挙句、2枚目のDVDを買ってしまったのだった。貸し出し用に▼ところで、みなさんは映画を楽しむ時に脚本を重視しますか? 多数決をとったら「する派」が大多数の気がするけれど、どうやら蓮見さんは素晴らしい映画と脚本の出来のよさをリンクさせていない。脚本ではなく、ショットがなによりも重要だという。じゃあ、蓮實さんいわくのショットとはなんぞや。な〜んて、言葉で解説することなんてできやしないのだけれど、『息の跡』のショットがすべからく素晴らしいことは感じとれた気がしている。最初から最後まで、ありとあらゆるショットがよくって、ナレーションもない佐藤さんと監督の会話を中心に紡がれる地味と言えば地味な映像作品なのに、まったくもって飽きるということがない。ドキュメンタリー作品なので、脚本はない。でも、物語がある。それこそが映画である、と蓮實さんは言いたい、んじゃないかなぁ▼あぁ、もっと文章がうまくなりたい。井上ひさしさんの名言である「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく、おもしろいことをまじめに、まじめなことをゆかいに、そしてゆかいなことはあくまでゆかいに」がずっと好きな言葉だけれど、むずかしいことをやさしく(以下、井上さん自身が呪文のようと語ったらしい言葉を繰り返し)書くことのなんと難しいことか。だから、最後にひとつだけ。『息の跡』という作品と、小森はるかさんという監督は、「むずかしいことをやさしく(以下、呪文)」という成し遂げているという意味でも、すごい映画であり映画監督だった。2枚目をレンタルしてしばらく返ってこなかったら、3枚目を買おうと思う(唐澤和也)