20221001(土)
人生で一番考えたことはなんですか?
▼練馬のバーで働いていた時の後輩Sが、アメリカから一時帰国で戻ってきた。アル・カポネ時代の闇酒場を意味する「スピークイージー」という名のバーの後輩。5年ぶりぐらいの再会になるのだろうか。そういえば帰国の理由は聞いたことがないけど、免許の更新とかいろいろとあるのだろう。ちょいちょい戻ってきてはそのたんびに当時のバイト仲間やSの高校時代の友人が集まることになる▼伏字にするのがめんどくさくなってきたので本名でお届けすると、当時の私は大学生だったがサチは女子高生だった。なぜに、女子高生がバーで働きたいなどと思ったのか。さらになぜ「スピークイージー」も高校生を雇ったのか。時はギリ昭和。というか昭和の終わり。令和のいまから振り返ると、ずいぶんとおおらかな時代で、常連客は店の前の大通りに車を横付けにして店のドアを開き、ふつうに飲んでボトルをあけてふつうに車を運転して帰っていった。コンプライアンスなんて言葉はまだ誰も知らない時代。だからまぁ、女子高生がバーで働いていても違和感はなかったのかもしれない。いや、違和感はあったとは思うけれど、女子高生だからとかの肩書きではなく、サチはその人柄が愛されていた。常連客にもスタッフにも▼スタッフが書き込むオーダー表があった。喫茶店でもよく見かける縦長の紙のあれ。「スピークイージー」ではソフトドリンクも提供していて、アイスコーヒーはCOFFEEと印字されたところに「I」と書くだけでよかった。もちろん、ICEのI。けれど、サチは堂々と「A」と略して書いていた。「A COFFEEってなに?」と私が聞くと「アイスコーヒーです!」と、これまた堂々と答えてくれた。そうか、サチのなかでは、ACE COFFEEってことになってんのか。うん、だったらもう、それでいいやと思った。理屈を超えて、ほほえましかった。昨夜の再会で本人にも言ってみたところ彼女的には納得いかないようだったけれど、映画『もののけ姫』でいうとアシタカが言われる「バカには勝てん」的な魅力が彼女にはある▼昨日集まったのは7人。アメリカから久しぶりに帰ってくるというレア感があるとはいえ、30年以上も昔の仲間がさくっと集まることがそもそもすごい。彼女の人徳ってやつだ。アメリカ人男性と結婚し、2人の娘の母親でもあり、手に職をもつ美容師としてアメリカでも頑張っていて「なんでか知んないけどプロレスラーの指名が増えている」と笑ったサチ。すごいなぁと思った。昨夜の本人には恥ずかしくて言えなかったけれど、どうやら私はサチを尊敬しているようだ▼「人生で一番考えたことはなんですか?」。会話の前後の詳細は酔っていて覚えてないけど、たぶん「なんにも考えてなかったからね!」と高校生時代を昔振り返ったサチに聞いてみたかったのだと思う。その答えが彼女らしかった。いわく、長女が産まれてくれた時だと。その時はじめて真剣に考えたと。これからは自分だけじゃない。「この子の人生も一緒に生きていくぞーって考えたんだよねー」。だよねーにACE COFFEEの名残があったけれど、いい言葉だなぁと思った。「じゃあ、2番目は?」と聞くとサチは「えーーーー、わかんなーい!」と即答だった。一切なにも答えていないという即答だった▼帰り道はサチと、北ちゃんというもうひとりの後輩と一緒だった。駅まで歩いている途中の彼女は、もうひとつ言葉を足してくれた。「子供が悩むこともあるじゃん。その時に答えがわかんなくても一緒に悩んでいたいんだよねー」。だよねーがやっぱりACE COFFEEだったけど、だからこそ彼女らしくていいなぁと思った。サチの子供たちには一度しか会ったことがないし、私のことはもう覚えていないだろう。でも、サチと旦那さんとふたりの娘がいるフロリダに仕事で遊びに行くのが昨日めばえた私の夢だったりする。余談だけど、「仕事で遊びに行く」ってACE COFFEE的フレーズでいいかもしれない。よし、フロリダに仕事で遊びに行こうと思う(唐澤和也)