20230414(金)
漁師は魚を獲らねばダメらしい
▼リボン率、やけに高し。4月10日、ここは東京駅、朝の7時。海外からの観光客がディズニーランドを目指している中継地点的駅のせいでしょうか。あっちの人もリボン、こっちの人もリボンで、ファンシーなことこの上なしなその駅を出発したのが月曜日のことでした。目指すは、気仙沼。10年の区切りを持ってフィナーレを迎える、最後の漁師カレンダーのテキスト用取材のための4日間。リボンとは真逆の骨太な人たちのインタビューです。詳細についてはまだ内緒のようなので控えますが、漁師さんのパンチライン(名言)が炸裂しまくった4日間でした▼内緒とはいえ、映画の予告編的にひとつだけ紹介させていただくと、取材現場でその船頭はポツリとこう言ったのです 。「漁師は魚を獲らねばダメだよ」。その人は気仙沼で知らぬ人はいない偉大な漁師なのに、インタビュー現場で空に舞った言葉たちのどれもが謙虚という色がほどこされていて、だからこそ効く言葉でした。なんだか、漁師にだけでなく、自分にも言われているような、刺さる言葉。漁師が魚を獲るように、ライターだったら原稿を書きなさいと。ごちゃごちゃ言ってないで、その人の本分ってやつを全うしなよと言ってくれているよう。というわけで、書かねば!な今週です▼気仙沼取材旅は、途中までひとりでした。プロデューサーの竹内順平くんとは、新幹線から大船渡線に乗り換える一関駅で落ち合う段取り。各自取っていた新幹線のチケットが4号車と5号車で隣りだったので、偶然にも東京駅のホームで顔を合わせたりはしましたが、それでも車内はひとり。東北新幹線の指定席は、2人がけと3人がけのシートがあるのですが、僕がおさえた4号車4番Eという席は、2人がけシートの窓際でした。足早に過ぎ去ってゆく車窓からの景色。コロナ禍よりも人の行き来が増えているとはいえ、早めのその新幹線は6割ぐらいの乗車率で、そういう場合のあるあるなのですが2人がけの席は窓際だけが埋まり通路側は空席が多いもの。つまり、2人がけ窓際席の人はちょっとした荷物を隣りに置けたりして、ゆったりと座れます▼当然、その日の僕もゆったりを堪能できると思っていたら、あら不思議です。縦に20列ぐらいある4号車でただひとつだけ、僕の窓際席の隣りだけ、同世代のおばさまが腰掛けあらせられるじゃありませんか。オセロでいうと、4号車の最前列窓際からおばさまだけぽこんと飛び出て最後列窓際までみんなが白で僕だけ黒な状態。圧倒的なアウェー感で食べようとしていた朝食のお弁当にも手を伸ばせず、眠くもないのにまぶたを閉じていると、チケット確認にきた車掌さんがおばさまに言いました。「こちらは4号車なのですが、すみません、お客様の席は14号車です」▼「あらやだ間違えちゃった」「あらやだ間違えちゃった」「あらやだ間違えちゃった」と、おばさまは壊れたレコードのように繰り返します。寝たふりを決め込んでいた僕は、どうにかこうにか笑いをこらえていましたが、何度目かの「あらやだ間違えちゃった」に笑ってしまい目をあけて「間違えちゃいましたね」とオウムのように繰り返したのでした。もう少し気が利いたことを言えよと我ながら思いましたが、なぜかおばさまも「そうなの。ごめんなさいね」と笑顔になり14号車へと移動したのでした▼こういう時、ひとりでいるのとふたりでいるのとでは思い出の残り方が違うもの。ふたりだったら、おぼさまがちゃんと去られたあとで爆笑していたことでしょう。でも、ひとりだとこんなメモを携帯に残していたりもするんですね。「間違えて笑えるということ」。いまこの原稿を書くために携帯のメモ機能を開くまで忘れていましたが、実はこの間違えるということには伏線があったのでした▼気仙沼の美味なるメバチマグロばりに天然である僕は、ヘアワックスとフェイスクリームを間違えて使っていたのです。しかも、2年間も。具体的には旅出張の時限定で持参していたものが、ヘアワックスと思い込んでいたのに実はフェイスクリームだったという天然っぷり。なにせ実はフェイスクリームですから、まったく髪型なんて整えてくれず、いま思えばこの2年間の旅先2日目以降の僕の髪の毛はやけにつやっとだけしていたことでしょう。そうとは知らない僕は「どうした資生堂?」とその〝ヘアワックスではなく実はフェイスクリーム〟に毒づいたものですが、その間違いに気づいたのは2年後のつい先日のことでした。ついに気づいたその旅出張の相方に「実はさ」とわざと重めに告白して笑ってもらえましたが、なんかいいよなぁ間違えたのに笑えるってとその時に思ったのです。時代は正確さが当たり前になっている気がします。ネットの検索は便利で間違えないけれど、ただそれだけでもある。便利さは享受しつつも、間違えて笑えることも忘れずに。だって、東北新幹線のおばさまの「あらやだ間違えちゃった」がなければ僕らは笑い合うこともなく、それどころか目線を合わせることもなかったのだから▼さて、最後にいま一度、気仙沼です。この10年を振り返っての漁師さんのパンチラインは「津波のあと、漁師の世界も変わったよ。やる気のあるやつだけが残ったからな」「自然が相手だから。漁師の仕事は1+1が2じゃないんだよ」などの名言が思い出されますが、こういう時に名言とセットで思い出される迷言ってやつの人気ナンバー1作品がこちらだったりします。「好きな言葉はなんですか?」と聞いた僕に、その漁師さんは間髪入れずに食い気味にこれしかないだろってテンションで叫んだのです。「セニョリータ!」と。質問に対する答えとしては間違っているといえば間違っているけれど、まるで芸人の大喜利のようにおもしろい答えでした。ああいう人生の先輩に、僕もなりたいものです(唐澤和也)