嘘つきだった私へ

 平日の朝、私は急に「自分の偉いところ」をノートに書きたくなった。一〇分くらいで二十五個書けたのだが、二個目からさっそく脱線して自分のいいところを書いていた。

 なんで「偉いところ」から「いいところ」に変わってしまったのか、それはなんとなくわかっている。自分の偉いところは一個しかないからだ。 その一個というのが「朝から働いている」だ。四月から始まったPUNCHのアシスタント以外に、早朝のスーパーの品出しをしているので、「朝から働いている」は私のなかで十分偉いに相当するものだ。

 そして二個目からは「優しい、きれい好き」とかそんなのばかり。最後の二十五個目は「素直」で締めたが、このことに関しては苦い思い出がある。 私は「素直」になったのだ。

(なったっていうことは素直じゃなかったっていうこと!? )

 そういうことである。 時は遡り中学三年生の二学期成績表が配られた日の放課後。 私が所属していた女子バスケットボール部で集まって、成績の見せ合いっこしていた時に(これは私がやりたいって言ったんじゃなくて、頭の良い私以外の六人が言い始めた)「小麦五ないの? 高校大丈夫? 」と全員に心配を装ったマウントを取られたので、とっさに「国語は五だったよ」と本当は二だったのに嘘をついてしまった。そしたら一番頭の良い子でさえ五は取れていなかったらしく、「なんで小麦が五で私が四なのよ! やっぱり先生えこひいきしてるよね」と言った感じで怒り始めたのだ。そこからどんどん噂が広まり一週間しないうちに学年全員に知れ渡ってしまった。学年一頭のいい子は私に、「国語五なの? すごいね」などと褒めたりもしてくれた。

 本当は二なのに。

 今更本当のことなんて言えないし、でも先生にこのことがバレたらもっとめんどうになる。そして学年全員の前で大恥をかくことになるだろう。もし授業中に、誰かが大きな声で「小麦が五を取ったそうなんですけど、なんでですか!? 」なんて言うやつが出てきたらどうしようなどと、実にリアルな想像をして、学校を卒業するまでの三か月間は怯えて生きていた。そんな心配事も実際には起きず、学校を卒業し今に至る。

 その大嘘事件があってから、見栄を張る嘘はやめた。初心に戻り真っ当に生きようと心に誓ったのだ。と、大嘘事件を振り返っていると、小学生の頃にもドキドキした事件があったことを思い出した。

 あれは小学四年生の頃。姉の友達のお兄ちゃんが姉にプレゼントした、三粒入りの高級チョコレートを「絶対食べないでね」と言われていたのに、姉が大事にとっておいた最後の一粒をこっそり食べてしまう。その翌週に、姉の友達と友達のお兄ちゃんと、さらにはその親までもが家にやってきて、ご飯会が開かれることになった。 そのとき、姉がみんなの前で、「チョコレート、大切にとってあるんだ。最後の一粒、まだ食べてないの! 」と言って、台所に取りに行ってしまったのだ。

「やばいやばい、終わった」

 中身がすっからかんのチョコレートの箱を開けお姉ちゃんは激怒した。姉はまず私に食べたか聞いてきた。もちろん私は「食べてない」と嘘をついた。 姉が大袈裟に騒ぐから私はみんなの注目の的になってしまった。このままじゃ公開処刑になると思い、近くにいたお父さんに「お父さんが食べたんじゃない? 」と罪をなすりつけた。 でもお父さんも「食べてない」と全力で否定。そこは娘のことを守って「食べちゃった」とでも言えばいいものを、察し能力がないので期待しただけ無駄だった。 その後、姉は泣き出し事態は大きくなっていった。

 結局、犯人はバレないままみんなが帰ることになった。そのとき、姉の友達の元ヤンママに「食べたんでしょ? 」と言われて、思わずドキッとした。

 元ヤンキーの人はたいてい鋭い。

 私は焦りながら「食べるわけないじゃん! 」と返し、私のドキドキする一日は終わった。

 小四でそんな経験がありながら、中学では学年全員が騒ぎ出す嘘をついてしまった。

 そう、人は簡単には変われない。 自称「素直」な私は本当に素直になったのだろうか。今、大きな嘘をついてバレたら、もう二十歳なので誰も許してくれないかもしれない。

 でも人間って、不思議なことに、時間が経つと過ちを忘れ調子に乗る。もしかしたらノートに書きたいという衝動は、初心に帰れと神からのお告げかもしれないと私は思った。

(文/塩谷小麦/2025.7.22)