バイクと中庭のオレンジ

▼家の鍵とはまた違う独特のソレを右にまわす。無音なのにグインと音がしたかのようにオレンジ色の光が灯り、インジケーターランプが輝く。「さあ、走ろうぜ」と言っているかのよう。実際は、各所チェックを瞬時に行なっているそうだ。すごいぜ、HONDA。そういえば、祐天寺のバイク屋のおじさんが「これが世界の本田宗一郎の発明です。クラッチ操作不要の自動遠心クラッチ!」と誇らしげに教えてくれったっけ。まるで、自分が発明したかのように▼そして、朝7時。仕事以外で早起きするなんて、草野球チームに所属していた頃や、山登りにハマっていた頃以来のこと。バイク購入3日後のことだった。その日は平日だったけど、週末まで待てやしなかった。というわけで、独特のソレ→無音グイン→オレンジ→「さあ、走ろうぜ」。ぶいーんと僕の愛車「クロスカブ110」が環七から走り始める。脳内を駆けめぐる単語は「楽しい!」。思えば、昨年の春に中型バイクの免許を撮って、1週間後に1171キロを走破したのだけれど、あの時は「楽しい!」なんて思えなかった。脳内を駆け巡っていた単語は「生きて帰らなきゃ!」。大袈裟じゃなく、仕事でのバイク旅だったので、もしもなにかあったら、媒体やクライアントに迷惑がかかってしまう。故の、「生きて帰らなきゃ!」であった▼人生にターニングポイントがあるとするのなら。くしくも「バ」で始まるものが僕のなかでは2大巨頭だ。ひとつは「バイト」。先週のこのコラムで書いたけど、仲間にも師匠にも出会えたわけで、もしも練馬あのバーのバイトをしなかったら、僕の人生はまったく別のものになっていたはずだ。そしてもうひとつが「バイク」。運動部だったくせに文系オタクだった僕は、メカとかガジェットとか運転とかにまったく興味がなかった。なのに、不思議だ。メカとかガジェットとか運転とかに、「バイク以後」の僕は俄然興味を持っている▼というわけで、今日もそう。東京は雨予報だったが、お昼頃には太陽が照り始める。そわそわして、アプリの雨予報をみると、ここから2時間ぐらいは雨は降らないご様子。よし。家から徒歩5分の駐車場へと急ぎ、いつもの合図のように鍵を右にまわして、エンジンをふかす。目指すは中目黒のブックオフ。家にある一番大きなバックパックに古本を詰め込んでそこへ向かった▼ブックオフでの買取金額の計算待ちの間に、なにげなく販売されている古書を眺めていたら1冊の本が気になった。タイトルは『中庭のオレンジ』、作者は吉田篤弘さん。装丁デザインとタイトルがいい。古本の買取金額から、その一冊を買って、バイクでスーパーにより、今日の晩ご飯の食材とビールを買い、自宅に戻った▼購入した書籍の著者・吉田篤弘さんを調べて2度ビビった。装丁デザインを奥様とされているらしく、そのデザインがどれも素敵だった。若々しさと引き算が詰まっている。ビビる。そして、もう一度のそれは、吉田さんが、なんと僕よりも年上だったこと。でも、そういうことなんだよなぁ。年齢なんてただの数字。もちろん、運転には充分気をつけるけど、これからも、ガンガンにバイクを愛でていこうと思った。年甲斐もなくもなく(唐澤和也/2025.09.13)