やまたび 台湾旅行編
その二 深夜特急に出会った二十五歳の私

「男は二十六歳になるまでに一度は日本から出た方がいい」
 沢木耕太郎氏の紀行小説『深夜特急』の一節である。

 そのなかで主人公の「私」は途中の仕事も投げ出し、二十六歳でユーラシア大陸を横断する旅に出てしまう。一九七〇年代を舞台にしており、もちろん当時はスマホなんて便利な代物はないので、人伝に情報を聞き、紙の地図を手に入れて旅をしなくてはならない。

 二十六歳かぁ。読みながら、ずっとそのことを考えていた二十五歳の私。よし、まだ間に合う。偶然にも、数ヶ月前にいつか使うだろうからとパスポートを申請し、受け取っていた。二十六歳になる前に、日本から出たい! 「私」のように、ひとりで出たい! 沢木氏の「私」は男で、この文章を書いている「私」は女だけど! と思ったのが最初だった。

 『深夜特急』のはじめに登場する香港はとてつもなく魅力的だ。人と物があふれて熱気のある街の様子は「毎日が祭りのよう」と形容されている。彼が宿泊した雑居ビルの一角に入った怪しげなゲストハウスもいい。泊まろうとは思えないが、見学ならしてみたい。
 しかし、行こうと思った三月には三連休がない。土日のみで香港へ? それはちょっとなぁ。
 台湾はどうだろう。日本から近そうだし、日本語も通じてごはんもおいしいと聞く。この機会に行くのにぴったりかもしれない。一回そう思ってしまうと勢いが止まらず、気がついたら台北行きの航空券と安いホステルを押さえていた。勢いというのは恐ろしい。

 というわけで台北の旅である。
 てっきり日本と同じ気候だろうと思ってダウンと厚手のニットを着てきたが、飛行機を降りる時にむわっとした熱気に出迎えられて驚く。日本と台湾なんて海を挟んでお隣みたいなもんじゃん、とめちゃくちゃ油断していた。お隣といっても沖縄の近くなので、そりゃあ暑い。スマホを見ると、翌日のお昼は三十度近くになるという天気予報が出ていた。あまりにも暑いので、途中でTシャツに着替えたはいいが、衣類の荷物が増えてしまった。
 渡航先の天候を事前にチェックしてから来るべきだったなぁ、と後悔しながら歩く。

 忠孝敦化駅で降りて、宿泊する「グリーンワールドホステル」を探す。三月の台湾は、夜になっても半袖ですごせるくらいに蒸し暑い。駅から近いはずなのになかなか見つからず、重いバックパックを背負って同じ道を行ったり来たりした。
 迷いつつもホテルが入っている古いビルを見つけ、暇そうにしている警備員の脇を通ってエレベーターで七階へと上がった。部屋は相部屋で、使うのは二段ベッドの上。もうベッドで寝ている人がいるらしく、カーテンがかかっているところもちらほらある。時刻は二十時すぎ、台湾に来てからまだなにも食べていない。お腹がすいた。疲れてもいたが、「おいしいものを食べたい!」という強い意志が私をふたたび電車に乗らせ、剣潭駅へと向かわせた。目指すは夜市。しかも台北一大きいと言われる場所だ。どんなものが食べられるんだろう? と考えながら、車窓から通りすぎていく台北の街並みをずっと見ていた。
(文/山岡ひかる/2020.6.18)