やまたび 台湾旅行編
その三 食べ物と線香の匂いが入り混じる士林夜市
士林夜市の活気はものすごい。
たとえるなら、上野にあるアメ横の規模をもっと大きくした感じで、どこか懐かしい縁日のような雰囲気も漂う。通りは人でぎっしりと埋まり、食べ物から洋服、雑貨、傘、お土産もの、おもちゃまで、ほしいものならなんでも手に入れられそうだ。道のど真ん中で露店を出している人もいる。
土地勘もないので人の流れに任せるまま通りを歩くと、赤い提灯が何十個もぶら下がった派手めな寺院「士林慈諴宮」を見つけた。境内の階段に座った多くの人が屋台で買ったごはんを食べている。「境内を汚すな!」なんて文句をいう人はひとりとしていない。屋台の匂いやら線香の匂いやらが混ざり、その混沌ぶりに私はカルチャーショックを受けた。台湾すげぇ︙︙。立ち止まって、しばらく呆気にとられていた。
さて、晩ごはんはなにを食べようか。気になる屋台はいくつもあったが、複雑な注文はできる気がしないし、長い行列に並ぶ気もしない。よし、簡単な注文ができるところにしよう! と消去法で探して行き着いたのが、ゆでた乾麺(ラーメン)と、唐揚げ、トッポギ、野菜を韓国風に炒めた料理だけしか出してない屋台だった。「台湾で韓国風?」と少々疑問に思いながらも百元でお買い上げ。先ほどの寺院の階段に座り、台湾に来てはじめての料理ということで、わくわくしながらさっそく口に運ぶ。
ん?︙︙なんだか、いろんなものが混ざりすぎていて味がよくわからない。その上、麺はやわらかすぎるし、八角という香辛料のシナモンのような甘い香りが辛めの味付けに絶望的にマッチしない。
台湾のごはんっておいしいんじゃなかったのか? っていうか、そもそもこれは韓国のごはんじゃないのか? 口に運ぶたびに気分が滅入るが、負けた気がするので残すわけにもいかない。全部を食べきらなければ、女が廃る。けっこうなボリュームに苦しみながらも、なんとかすべてを食べきった私は、おもむろに階段から立ち上がった。
お腹はふくれたが、到底満足できない︙︙。飢えたゾンビのように、ふたたび食べ物を探して夜市をうろついた。
しばらく歩いていると「B1 美食区」と書かれた看板と地下へつながる薄暗い階段を見つけた。美食、
なんて魅惑的な言葉なのだろう。吸い込まれるようにして降りると、地下食堂街に出た。大衆食堂がいくつもある。へー、ここが美食区かぁ! とあたりを見渡しながら歩く。一番活気のある食堂「大頭龍」では、呼び込みのおっちゃんが通りすがりの客に声をかけていた。写真とともにメニューを紹介しているのだが、種類が多く、どれもおいしそうだ。うーむ。迷ったが九十元の「牛肉麺」を注文した。台湾グルメのリベンジである。
運ばれてきた器には、ラーメンとうどんの中間くらいの細さで平たい麺の上に、煮込んだ牛肉がのっていた。琥珀色のスープをレンゲですくって飲むと驚くほどあっさりとした味付けで、八角の香りもほのかにするがうまく調和している。うまい。さっきの謎メシよりも三百倍はうまい。しかも十元安い。私は夢中になって食べた。
夜市を歩くのはとてもおもしろい。「臭豆腐」の屋台の前を歩けば鼻を刺すような独特な匂いがする。「豬血湯」という字面がおどろおどろしい食べ物を扱う屋台もあった。なんだかよくわからない見たことも聞いたこともない料理がたくさん並んでいる。
ひと晩中歩きたいくらいだが、終電でも逃して宿に帰れなくなったら大変だ。なにより、私は疲れ切っていた。あの狭い二段ベッドがひどく恋しい。私は臭豆腐の香りに後ろ髪を引かれながら、士林夜市をあとにして、ホステルへ戻った。
(文/山岡ひかる/2020.6.22)