やまたび 香港旅行編
その三 超大型台風・マンクット、上陸

 目が覚めて窓の外を見ると、どこまでも暗灰色の雲が空を覆っていた。横殴りに吹く強風で、たたきつけるように雨が降っている。

 天気が悪いという予報は見ていた。でもまさかここまでとは。用意周到にノースフェイスのレインウェアも持ってきていたけど、それが役に立たないレベルの暴風雨で、早起きして出かけるつもりだったけれど、誰がどう見ても外出は絶望的だった。
 見る限り歩いている人はいないし、車もときどき走っている程度。がんばって外に出たとしてもどこの店も開いていないだろう。交通機関もストップしている可能性もある。
 とんでもない時に香港にきてしまった。ハズレ中のハズレくじを引き当ててしまったのかもしれない。私はベッドにもぐり、ふて寝した。

 ふたたび目を覚ますと時間は九時を回っていた。二時間は寝た気がする。天候が回復して、奇跡的に青空が︙︙! なんてこともなく、外は相変わらずの状況。
 だらだらしているとお腹が空いてきたので、一階に降りて朝食をとることにした。メニューに中華風のちまき的なものがあったので注文しようとすると、食堂の女性従業員になにか言われた。しかしわからない。言い方が強く、怒っているように聞こえて若干怖い。困っているとカタコトの日本語ができるおっちゃんがどこからともなく現れ、スマホを使って通訳してくれた。「蒸すのに二十分かかる」ということを伝えたかったらしい。そういうことか! 待つ、ということを伝えてもらい、私はテーブルについた。

 蒸しあがったちまきはとても地味で、インスタ映えとはかけ離れたものだった。またハズレを引いてしまったのだろうか。いざ食べてみると、もち米だと思った米はふつうの白米で、中に肉やウィンナーが入っておりボリュームがすごい。そして、見た目の割にうまい。昨日食べたパサパサ謎麺料理よりはるかにおいしかったので、私はハッピーな気分になった。

 部屋に戻り、スマホを取り出そうとポケットを探る。が、ない。
 持ち歩いていたカバンにもなく、ロッカーの中にもなく、部屋中を探してもなかった。「やっちまった!」と慌ててさっきまでいた食堂の席まで戻るが、そこにもない。もう戻ってこないかも︙︙このあとどうしよう、とめちゃくちゃ焦る。
 海外のひとり旅でスマホをなくすというのは思いのほか心細いということに、なくしてはじめて気がついた。調べ物もできない、地図も確認できない、翻訳もできないし、連絡も取れない。悪用されたらどうしようという不安だってある。

 あらゆるところを探したがとうとう見つからず、さっき怖かったから絶対に話かけたくなかった食堂の従業員の人たちにも思い切って訊ねてみる。するとおもむろに棚から私の黒いiPhoneを取り出してくるではないか。「私のだ!!」と思わず心の中で叫ぶ。誰かが届けてくれたのを預かっていたのだろう。私は心底思いを込めて「Thank you」と伝えると、従業員たちもニコッと笑顔になった。

 さて、無事スマホを手にして部屋に戻ったはいいが、おそろしくやることがない。そりゃそうだ。だって今日は香港観光をするつもりできていて、ホステルでこもりっきりの時のプランなんて練ってきていないんだから。

 窓辺に立って景色を見る。
 外のビルの看板が一枚一枚剥がれてどこかに吹っ飛んでいくので見るたびに数が減っている。近くの公園の木は折れて道端に転がっていた。
 調べると最高警戒レベルの台風二十二号・マンクットが直撃しているらしい。

 雨が降るというのは事前に知っていたけど、まさかここまでの悪天候に見舞われるなんて、と自分の不運を嘆く。SNSには高潮や強風など、被害を伝えるさまざまな動画や写真があがっていた。そして、どういうわけか日本からきた私はその真っ只中にいる。

 干からびそうなくらい退屈で、なにもやることがない。
 そういえば!と、映画『銀河鉄道999』をiPhoneにダウンロードしたことをふと思い出した。

 一九七九年の作品で、舞台は機械の身体により人間が永遠の命を手に入れた遥か未来。銀河超特急999号に乗って、ある星に行けば、タダで機械の体をもらえるという噂を聞き、哲郎とその母親は始発駅のあるメガロポリスを目指していた。道中で母親が殺され、メガロポリスのスラム街で生活するようになった鉄郎はある日、謎の女・メーテルと出会い、パスを手に入れる。999号に乗った二人はさまざまな惑星を旅するのだが︙︙。

 物悲しい内容で鬱々とした気分になったものの、ある意味では今日の天気にはマッチしていた。この作品を好んで見ていたのだとしたら、当時の子供たちはそうとう大人びていたのかもしれない。

 気がつくとお昼の時間はとっくにすぎていたが、前もって買い込んでいなかったので食べ物がない。外は暴風雨。どうする私? すると、同じ部屋に泊まっていたマレーシアからきたという女性二人組のうちのひとりが心配してくれて、個装されたオートミールをくれた。お湯を入れて食べるのだという。
 高校生時代、英語の成績はだいたい二、よくて三という私がヒアリングしたところによると、飛行機が飛ばなくて延泊したらしい。ありがたくそれをいただいた。でも、なんだかもったいなくて結局食べられなかった。
(文/山岡ひかる/2020.9.23)