こもごも雑記
「消えた3000円」
仕事終わりによく立ち寄るスーパーがある。
その日もいつものように買い物をしていたのだが、会計終わりにレジを打ったパートらしき女性が私に向かってこう言うのだ。
「すごいですね、777!」
ボーッとしすぎて「777」が一瞬なんのことなのかわからなかったのだが、4割引の鰯の干物(近頃は食料品や光熱費の値上がりがすさまじく、魚介類も気軽に買える値段ではなくなってしまった。見切り品を見つけるとついつい買ってしまう)、缶ビール2本、菓子パン1個という幸運とは程遠い買い物内容で、777円になったことにようやく気が付く。
「いいことありそうですね!」
うふふと笑って、彼女は私よりうれしそうにしていた。
ゾロ目の777で思い浮かぶのがギャンブルなのだが、断っておくと別に私はギャンブラーではない。ただ大学生時にはじめて競馬にふれて、若干ハマってしまったことはある。その時のことを振り返ってみようと思う。
当時は勉強そっちのけで軽音サークルに入り浸っていて、何人か競馬好きな先輩がいた。競馬にちょっと興味があった私は、先輩方に馬券の買い方や競馬新聞の読み方などを教わった。
そしてアドバイスをもとに馬を絞り込み、黄色いビルと呼ばれる日本最大の規模を誇る場外発売所「ウインズ後楽園」へサークルメンバー数人で赴いたのだった。
多くのおっさんがいる場内は、なんともいえない独特な空気が漂っていた。モニター画面の前で食い入るようにレース中継を見つめて、「差せ! 差せ!」などと声をだしてるのでちょっと怖い。
競馬新聞を読んで予想を立てている人もいて、赤字でなにやら書き込んでいた。足元には新聞や馬券が落ちていて雑然としている。そういうフロアが何階かあり、異様な雰囲気に圧倒されつつも、その中に交じって馬券を買ったのだった。
馬券の買い方はさまざまなのだが、1〜3着に入る3頭の馬を予想する3連複という買い方で数百円分を購入したところ、なんとそれが当たって、3000円ほどになった。これぞ、ビギナーズラック。
先輩がこういうお金は使った方がいいというので、マクドナルドでみんなの食事分を奢った。さらに余った分はパチンコで使えばいいと勧めるので、全然まったく行きたくなかったけど入店する流れに。
1000円札はするすると現金投入口に飲み込まれて、瞬く間にパチンコ玉へと変換された。騒がしい店内で上から下へと玉が落ちるのを数分間眺めているだけで終わってしまい、競馬と打って変わってとてつもつまらなくて、げんなりしただけだった。それからは二度と行っていないし、これからも行くことはないので、最初で最後のパチンコの思い出である。
3000円をきれいにその日のうちに使い切り、泡のように消えてしまったお金に未練があるのかと問われればちょっとあった。また買えば当たるんじゃないか、と甘い考えが頭をよぎる。
それから何度か場外発売場や競馬場に行ったけれど、欲に目が眩んで買った馬券はことごとく外れた。数百円〜数千円程度、G1などのランクの高いレースに絞って買っていたいのでトータルでいえば、大した損ではない。ただ、あまりにも外れると、だんだん嫌になってくるものである。
次第に競馬はやらなくなり、いまはギャンブルから離れて、見切り品を見つけたらすかさず買うという情勢を鑑みた慎ましい生活を送っている。
777円を構成するひとつ、4割引の鰯の干物はその日の晩ごはんとしておいしくいただいたのであった。
(文/山岡ひかる/2023.3.9)