こもごも雑記
「祐天寺より愛を込めて」

 私はどちらかというと言えば穏やかな性格で、感情的になることはあまりない。大声で怒鳴っている人がいたらみっともなく思うし、泣き喚く人がいたら恥ずかしくないのかな?と思ってしまう。しかし、あのおかげで、思ったことがあるなら感情に蓋をしない方がいい場合もあることを学んだ。

 大学の時、私はとある会社でアルバイトをしていた。大学の先輩の紹介で知り、何回も面接を受けたものの、ことごとく落とされた。諦めずに挑戦し続けたところ、ついに採用となり、20人ほどの社員がいる部署に配属された。2人体制でアルバイトを雇っていて、そのうちのひとりが辞めるということで私が雇われたのだった。

 そこで同い年の大学生のBくんと出会った。ひょろひょろとした体格、爬虫類ように鋭い目つき、ぼそぼそとした喋り方。
『ハリー・ポッター』の組みわけ帽子をかぶったら、いくら懇願しようとも「スリザリン!!」と大声で叫ばれるに違いない男。取っ付きにくい雰囲気で会って早々仲良くなれないタイプだと悟った。

 仕事ははじめてのことだらけで慣れず、かといってBくんに相談できるわけでもなかった(そもそも、相談したところで親切になんて教えてくれやしない)。頼りになるのは前任の方が作ってくれた一冊のマニュアルのみ。やりながら覚えていくしかない。当然いろいろと失敗もした。するとくどくど嫌味を言ってくる。一応、上下の立場があるので我慢して聞いていた。入って一月経った頃に「この仕事、向いてないから辞めれば」とBくんに言われた時、体調に影響を及ぼすほどのストレスに達していた。

 マジで辞めたかった。しかし、それ以上にBくんのことが心の底から嫌いだった。続けることが最大の嫌がらせになるなら、辞めずに働いてやろうじゃないか。
 私のひねくれた性格が功を奏し、次第にこちらも仕事を覚えて言い返すことも増えていった。感情に蓋なんてしてられなかった。最終的には目の前にいるけど極力関わらないという冷戦状態になったため、比較的平和にすごすことができた。

 それから時がすぎ、任期がきてBくんが仕事を辞めることになった。気が進まなかったので、送別会は適当な理由をつけて行かなかった。料理をよくすると話していたので、カルディで買った「クレイジーソルト」という調味料を選別として渡した。一応お世話になったし、そのくらいはしようと思ったのだ。のちに社員のひとりから「Bくんは狂ってるっていう意味で、クレイジーソルトを選んだの?」と聞かれたけれど、そこまでのメッセージ性を込めた覚えはなかった。

 いつ思い出してもムカついてくるが、いま頃なにやってんだろう?と考えることがある。1年以上一緒に働いたけれど、素性をほとんど知らぬままBくんは去っていった。料理好きなことに加えて知っているのは、東京ヤクルトスワローズの大ファンということぐらいである。連絡先は聞いていないし、この先二度と会うことはないだろうが、届くかどうかはさておきメッセージを贈りたいと思う。事務所のある祐天寺から愛を込めて。

 Bくんへ。やぁ元気? 私は元気でやってるよ! いまではファンクラブに入会するくらい、横浜DeNAベイスターズのファンだよ! 東も牧もバウアーも大活躍したから、今年はヤクルトよりベイスターズの方が強かったね! ドラフトは中日、ロッテとの競合の末、度会(父が元ヤクルトの内野手)を当てたよ! 来年こそベイスターズが優勝してほしいな!
(文/山岡ひかる/2023/12/01)