こもごも雑記
「思い出レストラン」
仕事が終わって駅まで歩いていると、ふわっとハンバーグが焼けるおいしそうな匂いが飲食店から漂ってきた。
うわっ、この匂い、懐かしい! 子供の頃、父、母、兄、そして私でよく行っていたレストランのことを思い出した。たしか、なんとかボーイって名前のお店。フォールアウトボーイでもないし、マーマレードボーイでもないし︙︙あ、ビッグボーイだ!
お店で注文するものはだいたいいつも決まっていて、私は少しお高めのサーロインステーキ、兄はボリューム満点の大俵ハンバーグが大好きだった。ジュージューと音を立てながら、熱々の鉄板にのせられたお肉がワゴンで運ばれてやってきて、テーブル席は香ばしい匂いで満たされる。店員がソースをかけると飛び跳ねるので、はやる気持ちを抑えながら少し待ち、それから食べる。全国に展開するチェーン店だけど、本当においしいステーキだった。
サラダバーとスープバーもあって、それも必ず利用していた。母はサラダの盛り付けが壊滅的に下手くそだった。どんなに新鮮な野菜も、どんなに瑞々しい海藻も、彼女の手にかかればたちまちおいしそうに見えなくなった。
なんでこんなぐちゃぐちゃなんだ? 私はそんな母を反面教師として気合を入れてサラダを盛り付けた。レタスや水菜と一緒にミニトマトのレッドやヤングコーンのイエロー、ポテトサラダのベージュを添えてみることにした。すると華やかなでおいしそうな一皿ができあがったではないか! それを得意げにテーブルまで持って行くと「上手に盛れてるね」と親が褒めてくれるのだ。
自慢ではないが、私は子供の頃から芸術的なセンスだけはずば抜けてよかった。とにかく絵を描くことが好きで小学校の休み時間はノートを開いて絵を描いていた。そうしていると友達がよってきて「この人は誰?」と聞いてくる。想像上の人物で誰でもなかったので困りながら「誰でもないよ」と答えていた。そんな訳で、子供の頃は賞状をもらいまくった。てっきり将来は画家か漫画家になるものと思っていたが、いまは絵ではなく文章ばかり書いている。話が脱線してしまった。つまりなにが言いたいのかというと、私はサラダの盛り付けを作品づくりと同じくらい真剣に取り組んでいたということである。
スープバーでは、いつもコーンポタージュとミネストローネの2種類が用意されていた。コーンポタージュが濃厚で甘味があり、ミネストローネは具材がたっぷり入っていた。どちらもおいしくて、兄と競うように何回もおかわりしていた。
ビックボーイに行けば、また同じ味が食べられる。そう思って別の店舗ではあるが2年ほど前に家族で訪れたことがあった。最後に行ったのが高校生の時だったから約10年ぶりになる。メニューの内容は変わっていたけど、サーロインステーキも大俵ハンバーグも残っていた。私は兄が大好きな大俵ハンバーグを注文した。もちろん、サラダバーとスープバーもつけて。
サラダバーは気合を入れて盛り付けなかったし、肝心のハンバーグは味が落ちたように感じた。けれど、コーンポタージュは当時と同じように甘いままで、一口飲むとほっとした。どんな料理よりもそれが一番おいしいと思えた。コーンポタージュの味だけは、この先もずっと変わらないでいてほしいと思っている。
(文/山岡ひかる/2023/12/25)