こもごも雑記
「ホッケと流氷」

 大学生の時、週5でアルバイトをしていたためにまとまった休みが取れず、気がつくと大学3年も終わりが近づいていた。アルバイトを辞めるタイミングで退職祝いを兼ねてひとり旅を思い立つ。2015年のことだった。

 行き先は北海道にした。以前に『私の男』というドロドロとした恋愛小説を読んだことがあり、人が流氷に流されて亡くなる話が書かれていた。流氷って人が乗れるんだ!ということに衝撃を受け、いつかこの目を見て、あわよくば乗ってみたいと思っていたのだ。

 その夢がついに叶う。格安航空券を手に入れ、新千歳空港に降り立ったのは3月中旬。流氷を見られるシーズンは1月から3月までなので、ぎりぎり行けるんじゃないか? そう思って旅行プランを練った。まぁプランと言っても、行きたいところと宿泊するホテルがざっくり決まっている程度。性格的に細かなスケジュールをこなすのは向いていないので、それくらいがちょうどよかった。

 特急・急行列車一週間乗り放題のフリーパスを購入した私はスターをゲットしたマリオのごとく、北の大地を縦横無尽にかけ巡った。帯広のばんえい競馬でお小遣いを増やし、釧路の美しい夕焼けに浸り、それから網走に向かった。広大な北海道は移動するにも時間がかかる。フリーパスを購入しておいてほんとによかった。

 網走に着き、観光船に乗って心ゆくまで流氷を堪能しようと乗船場まで行ったが、広大な海にはひと欠片の流氷も浮いていなかった(当時のデータによると例年になく流氷が少なかったらしい)。わずかな希望にすがってここまでやってきたというのに。残念でならない。

 だが、ここで諦める私ではなかった。翌日にはオホーツク流氷館という施設を訪れ、展示されている本物の巨大流氷と存分にふれあい、「濡れたタオルを振りまわすと凍るんですよ〜」と係員に案内されるがまま、寒い部屋で濡れたタオルを振りまわした。タオルは本当にカチコチに固まった。流氷欲はいくぶんかおさまった。

 翌日は知人に勧められた網走監獄へ。明治時代に建てられた木造建築は壮観で、通路の天窓からはやわらかな光が差し、陽だまりができていた。そこに巨大ストーブの長い管が張り巡らすように設置されてはいるが、外壁の板は薄く、わかずかに隙間もあいている。こんな貧弱な建て付けでは、生きて冬を越せないかもしれない(少なくとも私は無理!)。

 そんな網走監獄で忘れ難いのが、施設内の食堂で食べたホッケ定食である。なんとそこでは刑務所のメニューを再現した監獄食を食べられることができるのだ。ど平日かつ中途半端な時間に行ったため、客は私ひとりだった。

 麦飯、味噌汁、ふきの煮物、冷や奴、そして大きくて立派なホッケ。こんがり香ばしく焼かれたホッケの身に箸を入れると、脂がピュッと吹き出した。びっくりしながら一口食べると、ほどよく脂がのっていてやわらかく、いままで食べたどんなホッケより、いや、人生で食べてきたどんな焼き魚よりもおいしかった。もう一枚食べたい!と思ったけれど、焼き魚の単品メニューはなかった。

 それから稚内の最北端に赴いて海を眺め、旭川の動物園でペンギンを見て、小樽でショッピングを満喫したあと、札幌でジンギスカンを食べて帰ってきた。

 特急で駆け抜けた旅だったので次はのんびり北海道を旅したい。というか全然1週間じゃ足りない。いろいろやりたいことだらけだけど、網走に行くということだけは決まっている。そして今度こそオホーツク海に浮かぶ流氷を見るのだ。
(文/山岡ひかる/2024/01/19)