からの週末20220619(土)
私をクジラに連れてって

▼傘が嫌いで傘を持たずに雨に濡れる人もいるのは理解できるが、傘が嫌いで、でもその日はちゃんと傘を持っていて、それでも傘をささず雨に濡れるのは、もはや傘が嫌いじゃなくて雨が好きな人だ▼そんな雨が好きな人と一緒に旅をしている週末。東京・竹芝を「おがさわら丸」で出港したのが金曜日の午前11時すぎ。目指すはその船の名の通り、小笠原諸島・父島だ。2等和室での雑魚寝的一夜があけて展望デッキに出てみると、梅雨もあけていた。超の付く快晴。まだ午前7時前だというのに、気温は30度近くありそう。それでいて、空気がカラっとしている。海は青い。その透明な青色を船がたてる水飛沫が攪拌させて、いろいろな青が混ざって美しい。船旅ならではの好きな景色のひとつ▼景色といえば、早朝4時の日の出はちょっとすさまじかった。(どこだここは?)と現在地を確かめたくてグーグルマップを開こうにも、とっくの昔に圏外。この孤立無援感は嫌いじゃないけど、ひとつだけ知りたいのは絶好調我らが阪神タイガースの横浜戦の結果だ。防御率1点を切るという絶対的エース青柳がどんな好投を繰り広げたかは、父島に着いたらのお楽しみにしよう▼そんなことより、船上の絶景についてだった。4時17分。日の出予想時刻は4時37分。大きくてぽっかり浮いた雲が、まるで墨絵の達人が描いてくれたようでかっこいい。負けず嫌いなのか。ツバメが船に併走してくる。いや、飛んでるから併飛とでもいおうか。そうこうしていると、濃い紺色を混ぜて絶妙の配色をほどこされたオレンジ色の朝日が、達人の描いた雲を彩り始めた。2等和室ではまだ寝ている人が多かったけれど、「絶景ですよ!」と起しに行って余計なお世話を焼きたいほどの絶景。ところが、10分もすると、もくもくと薄い雲が絶景朝日を遮断してしまう。昇るはずだった朝日がまるで夕日に変わって沈んだかのよう。絶景チャンスは10分だったのか。傘が嫌いなんじゃなくて雨が好きなその人は、船の揺れに耐えられるよう両足を広げて、逆Y字になってシャッターを切り続けていた▼サンライズ/サンセット。いまのところカタカナの予定だけれど、英語でかっこつけるのならSUN RISE/SUN SET。東京渋谷の高い高層ビルから、栃木県の世界王者が操る気球の上から、高知県各所で行き当たりばったり的に、サンライズやサンセットを追いかけてきた。編集長を担当させてもらっている会員誌での特集で、その雑誌の過去例でいえば「春を追いかけて」という特集に近いのかもしれない。上野公園から山形や青森まで。桜と桜守を追いかけるのがテーマだった。お目当ての桜が美しいと評判のキャンプ場では、ただの1本も桜が植えられてもおらず、どうやら近所に美しい桜が咲くことで評判のキャンプ場だったのだけれど、そっちの評判の桜の公園では前日の春の吹雪で見事なまでに花びら1枚も残っちゃいなかった。屋台を出していた、たこ焼き屋のおばさんのパンチラインは「誰も来ね」だった▼そして、2022年。春の代わりに、太陽を追いかけている。なんでそんな企画を思いついたかといえば、コロナ禍のせいだ。逆に言えばコロナ禍のおかげだ。この2年とちょっと。仕方のないことだとはいえ、仕事を制限されるのが、嫌で嫌で本当に嫌で、さりとてみんなも我慢しているのだからと声に出すことは許されないムード。そうこうしているうちにスタジオでの撮影は徐々に解禁になっていったけれど、春を追いかけたりする旅企画は厳しいと、世間という名の誰かがいう。わかったわかった、ならば、隙をつこう。桜は場所を選ぶかもしれないけれど、太陽は逃げも隠れもしない。その時々の状況で臨機応変に旅しよう。なんだったら、東京都内だけの「サンライズ/サンセット」でもいいし。そんなわけで、昨年末のこと。逆Y字で撮影するその人に相談すると「いいね! 小笠原諸島に行きたい!」とスケールのでかいことを言った。まるで私がそういうことを的中率の高い占い師から聞いていたかのような反射的な速度で。続けざまに、地平線のないところで、浮かんだり沈んだりする太陽を撮ってみたいのだと言う。「いちおう、小笠原は東京都だしね」とその人は笑った▼いま、おがさわら丸の6階の丸テーブルでこの原稿を描いている。ドラえもんブルーのジャージにサングラス、ロンTを脱いで半袖になった。朝ごはん代わりに出港前に買ったサントリースーパーチューハイ(無糖レモン)と4種のチーズ入りおつまみかまぼこがノートパソコンの右手に置きっぱなしにしてもいた。自分で言うのもなんだが、あまりガラはよろしくない。でも、なぜか、女性ふたりが「すいません、相席いいですか?」とおっしゃるではないか。両手には、朝食をのせたトレー。他のテーブルも空いているけど、たしかに私のワーケーションデスクだけ、日が当たらず、朝食をとるには最適ではあった▼「どうぞ」とダンディーに私は言ったものの、いま、だいぶ後悔している。ドラえもんブルーのジャージとサングラスのおっさんと女性ふたりが一緒になっている絵がどう考えても奇妙で、笑いをこらえるのに必死にならないといけないからだ。おまけに、若干の船酔いで朝ごはんは抜こうかなぁと思っていたのに、相席女子のひとりはガッツリとカレーライス大盛り、もうひとりはパンケーにこれまたガッツリと大盛りのアイスクリームをのせるという朝からの大食ぶり。(朝ですよね?)心の中でツッコむ私。そうとは知らない彼女たちは、それぞれの大盛りをわずか2分で完食してしまったことに、かなりの衝撃を受けながらこの原稿を書いていることも彼女たちは知らない▼父島、着。そして、タイトルにはしたもののクジラは撮影するのが難しいらしく、たぶん、イルカになりそうだ。イルカは併走ならぬ併泳してくることもあるらしい。楽しみだ。あ、青柳さんの結果は、珍しく打たれたようだが、珍しく打線が援護して勝った。いまは勝てばOK。阪神の巻き返しも楽しみだ(唐澤和也)