からの週末20210606(日)
落ち葉は風を恨まない

▼関西の某女子大でゲストスピーカーなるものを仰せつかったことがある。本業の書くことですらおぼつかないのに人前で喋るだなんてという躊躇案件ではあったし、実際にたどたどしい1時間だった気がするけれど、ひとつだけ彼女たちに届いた感のある言葉があった。それは、月刊LOGOSというWEBマガジンでインタビューさせてもらった糸井重里さんのもので「好きなことならするよという人と、嫌いなことはしないよという人なら、実は嫌いなことはしないよという人のほうが強い。なぜなら嫌いってその人の魂と関係があるから」というような内容を自分が大学生の時に聞きたかった話だとして紹介した。学生のうちから好きだったり憧れたりする仕事を思い描ける人は少数派だろうと思ったからだ▼〝逆に〟という言葉を流行らせて定着させたのはダウンタウンの松本人志さんだったと思うが、糸井さんの言葉もいわゆる逆転の発想のひとつ。明確にやりたい仕事がみつかっていないのなら、逆に「こういう仕事は嫌い」を模索したほうが自分という人間がよくわかる気がする▼可もなく不可もなく無風なこの週末、逆にと思いを巡らせてみた。先週のテーマは「死ぬ前にみたい映画」だったけれど、逆に「死ぬ前に見るのは嫌な映画」だったらどんなラインアップになるのだろうか。まっさきに思い浮かんだのが『ツリー・オブ・ライフ』。2011年公開作品で映画評論家やその道の通からは傑作との誉も高い作品。ところが、個人的には3度挑戦して3度寝てしまうという、未見の大作だったりする。もし4度目の挑戦をこのテーマでしたのなら、人生最後に見られる映画だというのに途中でうとうとしてしまい、で、いつの間にか死んじゃうってそんなのあんまりだ▼「死ぬ前に見るのは嫌な映画」は、まだまだある気がする。してみるに〝こんな人生最後の××は嫌だ〟という自問自答は、意外と自分という人間が見つめ直せるのかもしれない。たとえば、この手の設問ではあるあるな「最後の晩餐」について。ふつうに順方向の自問自答ならば「最後の晩餐で食べたいものはなに?」となる。いまの気分だったら、いろいろ野菜の揚げ煮びたし(昨年からの自炊ブームでのお気に入りの逸品)とか地元学芸大学の名店しおの寿司(看板通りにしょうゆではなく塩で食すのが絶品)だとかが思い浮かぶ。では逆にだとどうなるか。つまり「最後の晩餐には嫌な食事はなに?」と考えてみると、ダメなものがほとんどないことに気づかされた。そりゃあ、グリーンピースとかの嫌いな食材が入っている料理は嫌だけれど、ふだん自分が食べているものから選ぶのなら、別にほとんどなんでもOKだった。ケンタッキーのランチセットでも、松屋の定食でも、地元の町中華である平和軒の冷やし中華でも、オリジン弁当のなにかしらのお弁当でも、特段に〝嫌〟がない。つまり、私という人間は、さして食にこだわりがないのかもしれない▼じゃあ、人生の最後に〝嫌〟がある、こだわりトピックスはなにかと思考をぐるぐるしてみると、ふたつあった▼ひとつは読書的もので、スマートニュースやヤフーニュースを人生最後に読むのだけは絶対に嫌だった。いや、それらのニュースが悪いと言いたいわけではなく、最近も「松本人志『ごっつ』以来、民放で20年ぶりに新作テレビコントを披露!」との見出しのおかげで、さっそく録画予約をして6月12日を楽しみにできるなどの最新情報を得られるメリットはある。それでもだ。いや、それゆえか。人生最後に最新情報を入手してもこちらとしては最終情報だし、とれるであろうせいいっぱいのリアクションは「ふーん」ぐらいのもの▼じゃあ逆にと、読むのではなく書くのだったらどうかとも考えてみたのだが、食と同様になんでもよかった。食でいうところのグリーンピースと同様に自分の苦手なタイプの原稿(罵詈雑言を書き殴るとか)は、はなからなしとしていいのなら、なんでもよかった。むしろ、とにもかくにもなにかが書けているのはちょっといいかもしれない。ちなみに、今回の見出しのパンチラインは、1989年公開の映画『座頭市』で勝新太郎演じる市が口にした言葉。いつもとは逆に、見出しから先に決めて書き始めたらこんな感じとなりました▼さてさて、人生最後に〝嫌〟なものの残りもうひとつ、それは人間だった。「人生の最後に会うのは嫌な人」がそこそこいそうだったことに驚いた。自分ではインタビューという仕事を選ぶぐらいだから人が好きなのだと思っていたが、意外とそうでもないのかもしれない。人に関しては食のように無頓着ではなく、こだわりがありまくるということだろうか▼ところで、2週に渡って人生最後について書いたりすると、ある種の匂わせ=死期でも迫っているのかと心配する人がいるのかもしれないと、逆に心配になった。ご安心ください。一週間限定村上春樹体験で火がついたのか、2日に1度ぐらいのペースで1時間走っていたりもするほどに健康で、阪神タイガースの交流戦からの若干の不調がちょっぴりのストレスぐらいのものでございます(唐澤和也)