からの週末20220515(日)
理由なき反抗期
▼反抗期は若者の特権ではない、のかもしれない。もしも、おっさんにも反抗期があるのなら、私のそれはやけにスケールが小さく、我ながら失笑レベルだった▼予定よりも早く終わった気仙沼出張のこと。毎年担当させてもらっているカレンダーの取材だったのだけれど、昨日のうちに取材がコンプリートできていた。順調だった。プロデューサーのJくんと、取材が終わった昼の3時からふたり打ち上げができちゃったほどに順調だった。Jくんは別件でもう一日、東北に残るという。ということは、東京行きの新幹線に乗り換える一ノ関駅と気仙沼をつなぐ大船渡線からひとり旅ということになる。13駅を1時間20分ほどかけて走る大船渡線は、車窓からの景色に風情がある。そんな道中を楽しみにつつ、早めに就寝したその夜の私は爆睡オブ爆睡だった▼翌朝、バキッと目が覚める。最近、愛飲しているヤクルトY1000は、睡眠の質をあげると評判だが、昨日今日と飲んでいないのに抜群の目覚めだ。当初予定から乗車変更したチケットは、一ノ関駅10時51分発やまびこ56号。午後イチには、東京に戻れるはずだった。はずだったのに、実際の午後イチの私は乾いた涙のあとと一緒に、じゃじゃ麺とチータンタンスープを頬張っていた。東京ではなく、一ノ関で。なぜに一ノ関で、さらになぜ涙が乾いているのかといえば、おっさん的反抗期故だった▼大船渡線の車窓から見えた紫なフジの花と久しぶりの青空のコンストラストの美しさのせいか? それとも、向かいの席に座った、マスク越しにも今日という日曜日を満喫しているのがわかる10代女子ふたりの楽しげな様子が伝染したからか。いや、理由などない気がする。ただなんとなく。突然の理由なき反抗期の到来。このまままっすぐ東京になんか(帰りたくない)。男子たるもの自分で言うんじゃなくて言われたいそんな言葉を脳内で響かせた私は、かえす刀で〝一ノ関 映画〟と検索していた。まるで、中学生男子がはじめて母親以外の異性からチョコレートをもらった時のようにニヤけながら▼一ノ関の映画館でかかっていた2作のうち、私が選んだのは『コーダ あいのうた』。例のビンタ事件のインパクトが強すぎて、個人的にはすっかりスルーしてしまっていたのがお恥ずかしい限りではあるが、本年度アカデミー作品賞ほか3部門受賞作。以前見た予告編が気になっていたのと、気仙沼漁師カレンダーの取材の帰りに漁業を生業とする家族の物語を見るのもオツだなぁと、映画館のサイトをスクロールしていくと開始時間が絶妙! 駅からゆっくり歩いても余裕で間に合う。行くべし。そして私は、東京になんてまっすぐ帰ってやるもんかと、一ノ関駅の新幹線口方面ではなく、西口をくぐり抜けた▼素朴ではあるけれど、地元の映画好きの方が集まりそうないい感じの映画館だった。チケットを購入すると、指定席ではなく自由席のご様子。今回の旅出張前には、まさか東北で映画を見るだなんて思ってもみなかったので、メガネ不所持のため前から2列目を陣取ったが、まわりに人がいないその席で本当によかった。展開は読める。こうなってほしいなぁと思う方向にちゃんと物語が転がっていってくれる。でも、こういう作品こそをウエルメイドというのか。見せ方(演出)と歌声(主人公のエミリア・ジョーンズ)の素晴らしさに号泣してしまう。アカデミー作品賞受賞ということすら知らないで見ておいて偉そうなことは言えないが、本作の重要なポイントである手話が、ある場面ではもはや楽器にみえて、号の泣だった▼そんなこんなで、やまびこ64号の座席でこれを書いている。正直、反抗期を迎えることなく、すくすくとまっすぐに帰ったのなら、このエピソードも書けないわけで、かなりぐずついた可能性が高いけれど、新幹線の車内での原稿書きは、すいすいとはかどっている。宇多田ヒカルと椎名林檎のコラボ曲は「2時間だけのバカンス」だったけれど、「3時間だけの一ノ関」で、かくもリフレッシュできるとは。我ながら人としての器と同様に反抗するスケール感も小っさいけど、ある意味でコスパはいいとも言えるのかな。いままさに体感している3年ぶりの旅ラッシュは、体力のなまりっぷりはもちろん、現場力みたいなもの(アドリブ力なのかな?)のキレのなさに奥歯を噛む瞬間がたくさんあったりするけれど、やっぱり、旅はいいなぁと思う。大船渡線ひとり旅と3時間だけの一ノ関もふくめて、この週末の旅もまったくもって悪くなかった(唐澤和也)