からの週末20220423(土)
ホテル天然サンシャイン

▼「言葉を仕事にしているからだよ」と、その人は言う。いやいや、そういう問題じゃないでしょと言葉で言い返したいのを我慢して、笑うのをこらえる。水曜日夜のこと。アウトドア系旅企画の仕事だった。栃木県某所。別に某所と伏せなくてもよい内容なのだが、冒頭のその人との仕事では移動や宿の段取りを任せっきりだから、本当に知らないという意味での某所。けれど、前のりってやつで泊まったホテルの名前だけはしっかりと覚えている。ホテルサンシャイン。キラキラとまばゆそうなその宿に、遅めの晩ごはんを終えて戻ったのは23時すぎのことだった▼部屋に戻り、パタゴニアのアウターをハンガーにかけると、ネイビーのはずのその色が雨に打たれて黒く見える。アウトドア系の仕事ならば雨の日だってありえるのだけれど、今回の旅はちょっと事情が違っていた。なぜに、東京から栃木県まで前のりしていたのかといえば、翌朝早く気球に乗って日の出の写真を狙うのが目的であり、『サンライズ/サンセット』という仮タイトルで進めている特集の第一弾だったから。なのに、ネイビーなはずのアウターが前夜に黒く染まるだなんて。かすかな希望は、ホテルサンシャインというその宿の名前ぐらいだった▼さてここで、映画が一本見られるぐらい時は戻る▼東京での仕事を終えて栃木県某所のその宿に到着したのは21時頃だった。そのホテル名を認識した瞬間に、さすがだなぁ、粋な人だなぁと思わずにはいられなかった。雨こそまだ落ちていなかったけれど、栃木県の天気予報はここ数日間ずっとご機嫌ななめ。天候判断は熱気球のプロフェッショナルにお任せして、結果GOとなっていた経緯があったとはいえ、正直、ほんとかよと。曇りに曇りまくっているじゃんと。実際、この2時間後にけっこうな雨まで降っちゃってるわけだし。そんな不安な気持ちを隠しながらも到着したホテルの名が「サンシャイン」だったのだから、宿を取ってくれたその人にちょっぴり感動すらしてしまう。「さすがだねぇ。だからここにしたんだ?」と私。「ん?」と怪訝という言葉を覚えたての子供が、その漢字を再現するかのような不思議な顔でこちらを見返してくる。「いや、だから、天気はこんなんだし、願掛けじゃないけど、ホテルサンシャインにしたんでしょ?」。その人は、車をパーキングに停めながら、チラリと宿の名前が書かれた看板を見ると言葉ではなく音をもらした。「あーーーーぁ」「ん?」と怪訝顔返しをする私。その人は「正直言っていい?」と前フリしてから「実はホテルの名前なんて一切気にしてなくて、いまはじめて知ったぐらいなんだよね」などとのたまうではないか。私は当然の疑問を口にする。「じゃあ、なんでここにしたの?」「ん? あぁ、大浴場とサウナが良さげだったから」。ここから冒頭の言葉にたどり着くまで、さほどの時間はかからなかった。「マジで?」「マジで」「サンシャインなのに?」「いや、そこに気づくのは、唐澤くんが言葉を仕事にしているからだよ」。いやぁ、それはどうなんでしょう、あなたがド天然なんだと思うよ、などと思いつつ、もちろん言葉にはせず、宿帳的なものを記載しているその人の所作を笑いをこらえながら見つめていた。「関 暁」と名前を記載している。そう、今回の旅の相方もまた、毎度おなじみカメラマンの関くん。ちなみに、彼がこの宿に決めた最大の理由である素晴らしき大浴場とサウナの営業は23時までで、雨に濡れて戻った我々がそのお湯につかることは叶わぬというオチまでつく見事さだった▼見事といえば、熱気球のプロフェッショナルの天候を読む能力の素晴らしさったらなかった。早朝3時50分。関くんとフロントで集合して外に出ると、夜空にはクリーム色の月がくっきりと浮かんでいる。就寝から4時間ほどしかたっていないというのに、雨のことなんて、まるでなかったことにされた悪い思い出のよう。こりゃ、晴れる。はたして、日の出時刻である5時の我々は、上空1000メートルの高さから田園や街並みをオレンジ色に染めていく、美しきサンライズを撮影し体験できたのだった。プロフェッショナルって、やっぱりすごい。天候判断のこと、疑ってごめんなさい▼さてさて、肝心の気球体験談は、『サンライズ/サンセット』を掲載するフリーペーパーに書かせてもらうとして、旅の相方が帰路の車の中でふとこぼした言葉を最後に残しておきたい。くだらないいくつかの会話のあとで、突然に「この日を迎えられて本当によかったです」と関くんが言う。いやいや、なんで急に敬語なんだよとどちらかといえばツッコミ体質の私は瞬時にそう思ったが、心の奥底にもう一段階落としこんで味わってみると、たしかにその通りで、深い言葉だった。2020年からこっち、いろいろな旅企画が中止や延期せざるをえなかったもんなぁ。特集『サンライズ/サンセット』を掲載予定のフリーペーパーの名は、PAPER LOGOS。実に3年ぶりの発行を目指している(唐澤和也)