からの週末20220409(土)
白いコピー用紙は暁に赤く染まる

▼世の中には2つのタイプの人間が存在する。自分が書いた原稿に赤字を入れられる人とそうではない人とにだ▼なーんて、一度は書いてみたかった〝世の中には2つのタイプがある〟的文章パターンの精度はともかく、ライターという職種はつくづく変わった仕事だなぁと感じている。ものすごーく近視眼的に私のまわりの同業他〝者〟をみても「原稿に赤字を入れられる」という具体的な〝ダメ出し〟のプロセスを踏む職種はないんじゃなかろうか。たとえば、私の駆け出し時代。編集部に出向いて原稿を書き、A4のコピー用紙にプリントアウトする。その原稿を編集者にみてもらうという流れだったのだが、白いはずのその用紙はダメ出しの赤字で真っ赤に染まっていた。熱心な編集者の場合、2度3度どころではなく、5度6度と赤入れを重ねてくれた。めんどくさがらずに。まるで親鳥が雛鳥の餌を運ぶことと同じだというように▼カメラマンはどうか。そんなことを考えていたタイミングで、ちょうど撮影で一緒になったカメラマン兼もはや腐れ縁な関くんに聞いてみた。駆け出しのカメラマンってどうやってダメ出しされるの?「若手の頃に編集者から〝次はバリエーションもおさえてね〟とかのアドバイスをもらうこともあったけど、一番のダメ出しは次の仕事がこないってことだね」。なるほど、わかりやすい。そして、シビアだ▼編集者。ダメ出しうんぬん以前に、変わった職業というか、つかみどころがない仕事のように思う。自分が編集者でもあることがややこしいので、ライター目線で編集者を考察してみると、その魅力は「信頼できる」というやや漠然とした言葉にたどりつく。なぜ漠然とした言葉にたどりつくかといえば、その信頼の源が多岐にわたるというか多種多様人それぞれだから。企画力がある人。文章が読める人(このタイプの編集者は、それこそ原稿に的確な赤字を入れられる)。逆に、ビジュアルに強い人(このタイプは、新人カメラマンの発掘から売れっ子写真家にまで精通していて人脈があったりする)。さらに、ヒットメーカーと呼ばれる編集者には、時代を掴む力や〝才能を見抜く才能〟のようなものも求められるのだろう。その一方で、企画力はなく、文章は読めず、ビジュアルに弱く、時代を掴めるはずなどなく、けれども「人間力」ってやつで、いい仕事をしてしまう編集者もたしかに存在する。やっぱり、つかみどころがない。でも、だからこそ、編集者の仕事は「なにもできないからこそなんでもできる」と語った偉大な先人がいるほどに、やりがいがあるし、重要な仕事であることは間違いない▼では、つかみどころがないけれども重要な編集者という仕事を〝ダメ出し〟という今回のテーマでフォーカスしてみるとどうか。大後輩Aちゃんは出版社に入った駆け出し時代にダメ出された2つの大きめの声が忘れられないという。「はーーーー! つまんない!」。企画書か原稿だったかは忘れたらしいけれど(編集者も原稿を書くことがけっこうある)切れ者の先輩の感想が、でっかいため息と「つまんない」という簡潔な評価。あぁ、私ってつまんないんだ……と彼女は深く受けとめて、おもしろいってなんなんだを真摯に考えるようになったそうだ▼そして、もう1つが撮影現場のダメ出しだった。同じく、切れ者先輩から発せられた「見て!」という大きな声。そして、現場に関わっている人たちを「ほら!」「ほら!」「ほら!」といちいち指差して、「みんな、盛り下がってるよ!」。そのダメ出しでAちゃんははじめて、編集者というものは撮影現場を盛り上げるべき存在だと知る▼デザイナー。仲のよいデザイナー事務所の若手に雑談の流れで聞いてみると、カメラマンや編集者よりはライターのそれに近いけれど、やっぱり、デザインというビジュアルを司る仕事ならではのダメ出し観があった。いわく、このページ、あるいはこの企画やこの1冊は、なんのために作られるのか? デザインうんぬん以前にまずそのことを考えること。そして、その〝なんのために?〟がデザインで1発でわかるものを目指すということ。その事務所では、師匠がスタッフのパソコンに触ってアドバイスすることはほとんどなく、会話を通してデザイナーとしてスキルを磨くという。ページ単位だったり、企画や1冊単位だったりとダメ出しの対象が絞られる分、ライターの赤く染まる原稿に近い部分はある。けれど、文章には少なからずロジックが求められるからダメ出しも具体的になることが多いけど、デザインは(少なくともそのデザイン事務所は)、その手の具体性よりも、もっと根本的な〝感覚〟に重きを置いているご様子。おもしろい。まさに、同業他〝者だ▼さてさて、ライターでも編集者でもなく、ただの「先輩」という立場で思い出されるのは、後輩ライターのMくんが昨年末に教えてくれた言葉だ。Mくんの駆け出し時代にお願いしたインタビューのテープ起こしに、当時の唐澤はこんなふうにダメ出ししたという。「もっときっちりと語尾まで文字に起こせ。語尾にこそその人の気持ちみたいなものが宿ってるんだから」と。Mくんはそのダメ出しをいまでも大切にしてくれていて、自分のインタビューも語尾まできっちりとテープ起こしてから原稿を書くそうだ。うーん、かっこいいぜ、Mくん。そして、すまん。そんな偉そうなことを言った本人は、一切まったく一言たりとも、そのダメ出しを覚えておりません(唐澤和也)