からの週末20211106(土)
嫁入り前の鼻血編集者

▼今週は、絶対に優勝するとまでは言わないものの、そこそこいい線はいくだろうと調子にのっていた時期もあったモノについての話です。文章の流れ的には先週に引き続き阪神タイガースっぽいですが、そうではなくて、インタビューの話▼いま振り返ると「調子にのってんじゃねぇ!」と腹の底から大説教をしたくなるけれど、漫才を競うM-1ではなく、インタビューで勝負するI-1があったのなら少なくとも決勝の8人(M-1は8組)には残れるでしょうと調子にのっていた時期がたしかにあったのでした。というか、仲のいい後輩ライターには実際にそういうようなことを口にしていたと思う▼おいおい、少なくともってなんなんだ? そんなことをほざいていたインタビューライターなんて当時の日本全国に少なくとも100人はいたでしょうに!▼いやはや、お恥ずかしい限りだが、そういう時代でもあったのかもしれない。なんというか、同業者がもっとギスギスしていて、みんな仲良くではなく我がが我ががな時代。いや、違うな。時代的にはたしかにそういう感はあったとは思うけれども、やっぱり勝ちたがりだった自分の性格の問題だ。いまさらながら激しく自省しつつも、調子にのっていた時期を経たからこそ思うことがある。それは〝楽しそうって強い〟ということ。I-1の開催をマジのマジで渇望していた時期には想像だにしなかった感覚だとも思う▼そんなことを再確認できたのは、雑談という名のインタビューのおかげだった。ある撮影現場終わりで仕事仲間のTくんの自伝的エピソードに耳を傾けていた。28歳のTくんは転職組で、前職は広告代理店に勤務していたという。「やっぱり、忙しかった?」とベタなことを聞く私。「忙しかったですねぇ、やっぱり」とTくん。ふたつのやっぱりのあとにTくんはこう続けた。「直属の先輩は徹夜どころか2徹とかもよくしてましたから。でも、そういう忙しさよりも、その先輩が楽しそうじゃなかったのがキツかったです」▼「わかる!」。Tくんとの雑談は、ファミレスでのことだったのだが、我々のうしろの席で勉強をしていた4人組の女子高生たちが一瞬ビクッとなるぐらい大きな声で相槌を打ってしまう私。でも、それぐらい強めの「わかる!」だった▼Tくんの言葉に激しく共感したのは、劇団時代の師匠に言われた「自分がおもしろいと思っていることをやっている時は倒れない」とリンクするものがあったからだった。楽しいとおもしろいでは形容詞が違うけれど、言わんとするところは同じはずだ。劇団時代でいえば、はじめてのライブを1週間後に控えた頃のこと。メンバーみんなが徹夜もしくは、2、3時間の睡眠が続き、体力的にはフラフラだった。でも、誰ひとり倒れず、というよりも風邪ひとつひくことなく、むしろ、みんなでよく笑っていた。誰かが遠巻きに僕らの様子を見ていたとしたら、楽しそうだなぁと感じたと思う▼舞台から出版へと仕事が変わってからもそう。「働く女性は笑いが足りない」というコンセプトの芸人が多数登場するムック本を作っていた時のこと。詳しい経緯は忘れてしまったけれど、立場的に私は編集長となる。連日の明け方までの作業が続くなか、ある朝、女性編集者ふたりがトレイでなにやら騒いでいた。その様子に危機感も悲壮感もなく、なんだったら笑い声が混ざっていたから自分の作業を続けていると、戻ってきたひとりの女性編集者がこう言った。「鼻血、出ちゃいましたぁ」。楽しそうだった。言葉のトーンとしては「年末ジャンボ、当たっちゃいましたぁ」ぐらいのハッピーなノリ。もちろん、鼻血が出るぐらいだから、体力的にはギリギリでまずいことになっていたのだろうから、心身ともに「楽しい」わけではなかったのだと思う。でも、はたから見ると楽しそうであったということ。そういう意味で、楽しそうって強い。▼嫁入り前の女子編集者に鼻血が出るまで働かせるだなんて、いまの時代なら「ブラック!」と一蹴されるダメダメな行為だろう。いちおう、立場的には編集長だったわけだし。でもどうなんだろうなぁ。あの頃の自分たちと同じように、体力的にはキツくても笑ってるやつらも意外と多そうな気がするし、〝楽しそうって強い〟というのは時代を問わず普遍的であってほしいという願望もある。ただまぁ、うちの山岡はちゃんと休めないと機能しないタイプだし、パンチラインはそれなりにホワイトでやってきたつもりだ▼つもりだったのだが、ところがいま、愕然としている。結論を急げば、私は人に恵まれているだけなのかもしれない。出会う人との相性が悪ければ、訴えられていたのかもしれない▼時代うんぬんの話ではなく、つい2年前のことだ。ホワイトなはずの山岡とのエピソードではなく、後輩ライターのKくんと時間に追われる仕事の頂点を迎えたともいえるある夜のこと。深夜0時をすぎたあたりで「あ」とひと呼吸置いてからKくんがこう言った。「鼻血、出ちゃいました」。そのトーンがあまりにも朗らかで「マジか?」と言葉を返しながら笑ってしまう私。ティッシュで鼻をふさぎながら「マジです」とKくんも笑っていた。令和の時代を生きる若手ライターのKくんも、やっぱり楽しそうだった(唐澤和也)