からの週末20210821(土)
感謝に眠り、希望に起きる(内田さん)
▼突然ですが、みなさんは内田といえば誰を一番に思い浮かべるのだろう? サッカー好きならば内田篤人、『北の国から』ファンなら内田有紀、読書家だったら内田樹などが世にあまたいる内田姓の代表なのかもしれない。ならば、阪神ファンとしての私が一番に思い浮かべるのは、内田雅也だ▼とはいえ、この内田さん、野球選手じゃない。スポニチ紙上で、少なくとも2つの著名記事連載を持つ野球記者だ。私のパソコンには「気になるニュース」という名のフォルダがあって基本的にはその気になった情報をファイル名にしているけれど、内田雅也さんのものは「内田雅也813」などとお名前と日付をつけている。単なる情報としてではなく内田さんの文章のファンというわけだ。その味わいは、阪神まわりのコラムだというのにコテコテの関西臭ではなく、なんだかニューヨークの香りが漂っていて品がある▼専門家の妙を屈指した文章が魅力のひとつでもある。たとえば、佐藤輝明の打球速度や飛距離を紹介しつつ(ここまでは他の書き手もすること)、一塁走者であった佐藤輝晃が、打者が打った瞬間から二塁到達までを、動画配信サービスの該当場面を再生し直してわざわざ自分でストップウォッチで計測して「3秒36」「素晴らしいタイム」と評したりもする。野球の本場であるアメリカの選手や監督、ライターの言葉や文章の引用も豊富。でもベースボールびいきのアメリカかぶれかというとそうではなく、野球の魅力や日本の監督や選手の言葉も抜群のタイミングで紹介したりもする。ベースボールも野球も大好きというのが、文章から漂ってくる▼ならば、私が内田さんの文章のファンである一番の理由が、その専門性のたしかさかというとそうでもない。視野が広いのだ。音楽で言うとミクスチャーとでもいうのか、いい意味での雑味があるところが好きだ▼たとえば、先述した813の記事は、コロナ禍のいま、世界を自由に旅することは難しいと海外渡航についての前フリから始まっている。野球のコラムなのになぜに海外渡航の話と思っていると野球に通じるパンチラインが登場する。こんな感じで。<当時、ジャルパックの添乗員を指導した水野潤一は単に「添え乗る付添人」ではなく「旅を演出する存在であるべきだ」と哲学を語ったそうだ。何げなく観ていたNHKの番組『アナザーストーリーズ 運命の分岐点』の再放送で知った。はっとする言葉があった。「またパリか、と思うな」という言葉が印象に残る。添乗員も慣れてくると、パリでもロンドンでも新鮮味が薄れる。だが、旅行者にとっては初めての大切な旅なのだ>。ここからプロ野球後半戦開幕への戒めへと展開していく。「また、試合か」ではなく「さあ、試合だ」でいこうという具合に▼ユーモアもある。「気になるニュース」フォルダに残っていた505、つまり、こどもの日にはふだんよりも平仮名を増やして子供たちに向けて書いたりもする。こんな感じで。<野球は失敗のスポーツといわれます。試合ではだれでもいろんな失敗をします。投げたり打ったり守ったり走ったり……なかなかうまくいかないことばかりです。でも、それでいいのです。失敗をしない人間なんていません。失敗をしながら成長(せいちょう)していくのです。ですから野球は人間らしいスポーツともいわれる。失敗をおそれていてはいいプレーはできません>▼内田さんの文章には、川上哲治や藤村富美男といった、日本プロ野球界創世記のレジェンドが頻繁に登場するから、おそらく私よりも上の世代の方だと思う。具体的にはおいくつぐらいの書き手なのだろう? 仮に60歳だとして、60歳にして「またコラムか、と思うな」と日々是初心とのイズムで書き続けているのだとしたら、すげぇなぁと思う▼ちなみに、今回のパンチライン「感謝に眠り、希望に起きる」は、昨年の阪神タイガースが開幕後2勝10敗というどん底からは立ち直りつつあった矢野監督へのエールに満ちた文章を綴った際の内田さんの一文である。この週末、中日にいいようにやられて2連敗のチームだけれど、よくよく考えると昨年から比べたら絶好調だ。今日は感謝に眠って、明日は希望に起きて、応援したいと思う。日曜日の14時からは「さぁ、試合」なのだから(唐澤和也)