からの週末20210710(土)
清野ヨシさんとバタフライ・エフェクト

▼バタフライ・エフェクトという言葉をはじめて知ったのは、その名を冠したアメリカ映画でだった。ある条件下で過去に戻れる能力に気づいた主人公が、自分のせいで不幸になってしまった幼馴染たちを救おうとするが、その〝新しい過去〟の影響によって今度は誰かが不幸になってしまう……てなお話。元々は気象学者による「蝶がはばたく程度の非常に小さな錯乱でも遠くの場所の気象に影響を与えるか?」という問いかけからの用語らしいけれど、映画『バタフライ・エフェクト』は学問ではなく人生についての寓話に落とし込んでおり、その結末が切なくも魅力的だった。ちなみに、映画では「小さなチョウの羽ばたきが、地球の裏側で台風を起こすこともある――カオス理論」との前フリがある▼ひるがえって、我らがジャパン。バタフライ・エフェクト的大傑作が漫画家・山下和美さんの『不思議な少年』3巻収録「末次家の三人」だ。『不思議な少年』は、天使か悪魔か人ならざる不思議な少年が古今東西さまざまな人間との出会いを通じて、その愚かさや愛おしさを描いている。単話〜4話で完結するオムニバス形式で、どれもこれもが素晴らしいのだが「末次家の三人」は傑作中の傑作だ▼主人公は、リストラされた現代のサラリーマン。そんな状況なので良好とはいえない妻との関係も実は昔昔の何代も前のご先祖様があの時ああしてこうしてなかったら……てな内容。その物語の語り口の妙はもちろん、漫画ならでの超絶感動的な、とある見開きが素晴らしすぎてとてつもない▼って、これはマズい。バタフライ・エフェクト的映画と漫画の傑作を紹介してしまったせいでハードルが上がっちゃった感が否めないけれど、今週の私・唐澤の実人生にもちっちゃくて、でもうれしいバタフライエフェクトがあった▼金曜日のことだ。朝早く、母親から電話がかかってきた。普段あまり電話がかかってくる時間帯ではないから、家族になんかあったのかとちょっとドキッとする。一瞬躊躇しつつも電話に出ると、NHKの朝の情報番組に『おかえりモネ』で若き漁師役を演じる俳優の永瀬廉さんが出ていたと。母親はこの朝の連続テレビ小説が好きなので、なにげなく見ているとあらびっくり。永瀬さんが役作りの参考にしたもののひとつがなんと、息子が原稿を書かせてもらっている『気仙沼漁師カレンダー』だったと。同カレンダーは著名な写真家たちが撮り下ろした漁師たちのリアルな写真が人気だが、母親は親バカ全開で私の文章を褒めてくれる▼親バカ説は間違いないが、ほかの仕事にも増して『気仙沼漁師カレンダー』の母親支持率が高いのは、たぶんこの街に思い入れがあるからだろう。母親の母親、つまり私のばあちゃんは、ちょっぴり剛の者な生き方をした人で、宮城県のある富豪のお妾さんだったらしい。ある時、ばあちゃんは勝負に出る。「私か本妻かどちらか選んで」。結果、惨敗。娘、つまり私の母の手を引き、宮城県を去り、愛知県豊川市に流れ着く。そこで私の父・正直さんと出会うわけだが、ばあちゃん、あの時、勝負に出てくれてありがとう。おそらく、悔し涙も流れたことでしょうが、そのバタフライのおかげで、いま僕はここにいられます▼そんなこんなで私の母は気仙沼の魚市場にも行ったことがあるらしく気仙沼には思い出もあってって、違う。こういうことを書きたかったんじゃない。たしかに私のばあちゃんの選択もバタフライ・エフェクトではあるけれど、この金曜日の出来事がうれしかったことを書きたかったのだったのだった▼『気仙沼漁師カレンダー』は、読んでくれる人や、取材させてもらった漁師さんや、プロデューサーである気仙沼つばき会や竹内順平くんや、いっそでっかく言ってしまうと、気仙沼や気仙沼を応援する人たちに喜んでもらえたらと思って書いてはきたけれど、まさか、漁師役を演じる役者さんの役作りに読んでもらえるだなんて、1ミリも想像していなかったということ。ナイスバタフライだ。たぶん、チョウもそうなんだと思う。地球の裏側で台風を起こそうだなんて気は一切なく、ふぁさっと羽ばたいただけ。ってことは怖いことでもある。バッドバタフライがいつだって起こりうることを忘れずに、清野ヨシさん=私のばあちゃんに感謝する週末です(唐澤和也)