からの週末20210627(日)
推しが尊いと言ってみたい
▼昨年久しぶりに全面改訂された「新明解国語辞典」が届いた。真っ先にあの言葉が掲載されているか調べてみた▼「推し」である▼載っていなかった。まぁ、そりゃそうなのか。WEBの用語解説を調べてみると、昔からオタクの間で使われたスラングで「推しメン」が2011年ユーキャン新語・流行語大賞の候補に。ちなみに、私と同世代のおじさまたちにプチ情報をお届けすると、推しメンのメンは「MEN」でも「面」でも、もちろん「麺」でもなく「メンバー」のこと。当初はアイドルグループに対する言葉だったけれど「推し」と略されるようになってからはスポーツ選手やモノに対しても広く使われるようになったのだとか▼この言葉が、なんだか妙に心に残ったのは、次のような例文だった。いわく「推しが尊い」。自分自身は十代の頃からアイドルなどを愛でるという経験がほぼなかったので、等身大では共感できていないかもだが「推しが尊い」って、なんだか妙に絵が浮かぶのです。ベタなイメージでいうと、男性アイドルグループに推しがいる女子がいたとして、あらかじめ出演をチェックしていた番組をつけたらため息が出るほど素敵で「あぁ、朝から推しが尊い」となるんですよね? 例文として合っているのかな? ま、正解ってことで話を進めると、その絵面がすでに尊いというか、なんだかいいなぁと思うのです▼くるっと翻って我が身。最近では「推し」=単なる好きの意で使われてもいるっぽいが、とにかく「推しが尊い」と言ってみたいので、じゃあ自分の推しはいったいなんだと考えると、これはもう阪神タイガースの佐藤輝明選手なのだろう。が、これまたWEBの用語解説を調べてみると「推し」と「ファン」はニュアンスが微妙に異なるご様子▼「推し」はその言葉の通りに〝他人に推薦する〟というニュアンスが含まれるんですって。アイドルの場合ならば〝育てる〟というニュアンスが含まれると。うーん、なんか荷が重いし、おこがましいな。あんなすごい選手を育てるもなにもあったもんじゃないし。佐藤輝明選手のことは「ファン」とさせていただければ幸いです▼推し、推し、推し、ねぇ。なんだかもう、推しという単語を推したい人みたいになっているが、これからブレイクするであろう人やモノとか、知る人ぞ知るとか、隠れた名作とか、自分自身の経験でいうと週刊誌でお世話になってた頃の若手ライターのテンションに近いのかもしれない。いまの時代は一般の人でもSNSで発信できるから、たとえば〝知る人ぞ知る〟で自分が推したミュージシャンが何年か後に売れたとしたら、そりゃあうれしい。そのモチベーションが正解だとしたら、そういう人たちの気持ちはものすごくよくわかる。しかも、仕事じゃないというのがさらに尊いと思う。私の場合はライターという仕事だったので、来年ブレイクする「芸人」や「漫画家」を純粋な思いで〝推し〟てはいなかったこともあるから。世の中的にはこのあたりの人や作品がくるだろうから、あえてこっちを推す……といった具合に。でもですね、不思議なもので、純粋な思いで推した人や作品のほうが、やっぱり読者への伝わり方はまっすぐに届いていたような気がする▼というわけで、まっすぐに伝わるものがいいなぁと考えてみるに、ひとつだけ思い当たった。「雪景色推し」。コロナ禍のせいで、まったく旅ができておらず憧憬の念がさらに募るのだが、冬企画と呼ばれていた雪国への旅企画は本当に好きだったし、雪景色という推しが尊かった。たぶん、雪が白いのがいいのだと思う。ピンクの雪が降ったのなら、1時間ぐらいは楽しいだろうが、すぐに飽きると思う▼次の冬は推しに会えるだろうか? なんだか文章として不正解かつ壊れている気もするが、個人的にはずっと言ってみたかったことがようやく書けて、気分爽快だったりする▼さてさて、最後にびっくりな話も。なんと、からの週末を書き始めて1年がたちました。記念すべき1発目は昨年の6月5日のこと。それから基本的に毎週1本の原稿を書き続けてきたことにびっくりです。来週はどんな推しが登場するのやら。そうそう、推しという言葉が好きなのは基本的にポジティブな行為だからかもしれない。からの週末は、なるべくそういう色の文章を書きたいと思っています(唐澤和也)