からの週末20210425(日)
フルスイング慕情

▼18歳までをすごした田舎の県営住宅には、仏壇の本体部分に長嶋茂雄のステッカーが貼ってあった。仏壇の本体部分というと説明になっていないのだが、仏壇といっても家具の上に置かれた簡易的なもので、亡くなった父親の兄の写真と線香を立てる仏具にロウソク立てがあるだけ。高さ150センチほどの家具の天板部分にそれらが置かれており、その正面にバットを持ってニコッと笑っている長嶋茂雄である。ステッカーと書いたが、手先の器用な父のことなので、ポスターを切り抜いて、うまいことあしらったのかもしれない。仏壇に長嶋茂雄。生まれてから18歳になるまでの私はそれが当たり前だったので気にならなかったが、こうして文字化してみると、なかなかにファンキーな組み合わせでもある▼父親は亡くなった兄のことを尊敬していたようだし、なによりドのつく真面目な人物なので、決して奇をてらったわけではなく、それほどまでに長嶋茂雄のことが好きだったのだと思う。1936年生まれのプロ野球選手にして「ミスタージャイアンツ」だけでなく「ミスタープロ野球」とまで呼ばれた男。首位打者6回に生涯本塁打数444本。「鯖という字は魚へんにブルー」などの迷言の類や天然エピソードも豊富で、いまだに多くの日本人に愛される昭和のスーパースターだ▼私の世代は「世界のホームラン王」こと王貞治が巨人の4番だったので、実は長島さんのことはリアルタイムでは見ていないのだが、それでも、監督時代の「松井くんにはもっとオーロラを出してほしい」などの迷言には笑ってしまったし、なにしろ実家の仏壇に添えられるような人なわけでプラスの印象しかなかった▼これもまたリアルタイムではないけれど、のちに知って好きだったエピソードが「長嶋茂雄は三振してもカッコいいようにヘルメットの飛ばし方まで研究していた」という逸話。いまでも「長嶋茂雄 ヘルメット」で画像検索でものすごい勢いでヘルメットが飛んでいる空振りの写真が簡単に探せるはずだ。野球ファンからすると、こんな野球選手はほかにいないなぁという意味でも、なるほどカッコいい▼そんな長嶋さんの引退から約50年ぶりに、謹厳実直な父親がなぜ長嶋茂雄を好きだったのかがわかるプロ野球選手が登場した。佐藤輝明、22歳。我らが阪神タイガースの昨年度のドラフト1位、バリバリのルーキーである▼野球に興味のない方には本当に申し訳ないので、せめてものですます調で今回もお届けするのが心苦しいですが、でもやっぱり書かずにいられない選手なのです。身長187センチと恵まれた身体から繰り出されるフルスイングが魅力なのですが、オープン戦では本塁打王を獲得。新人でのオープン戦本塁打王は、それこそ1958年の長嶋茂雄以来の快挙でした。開幕後の5本塁打はリーグ7位と大健闘中なのですが、両リーグ12球団の全選手をあわせてもぶっちぎりの1位が、三振数です。その数、なんと40個。24試合で40個。しかも、そのほとんどがフルスイングの空振り三振です。流石に長嶋さんのようにヘルメットは飛ばしませんが、昨日土曜日の横浜戦でも、思った配球と違ったのでしょう。外角の変化球に膝をついてフルスイングして空振りの三振をするさまに声を出して笑ってしまったのでした。でも、これってすごいことです。振ると笑顔になる。ホームランを打てばもっと笑顔になる。佐藤輝明とは阪神ファンにとってはそんな存在なのです。昭和の長嶋茂雄に父が惹きつけられたように▼プロ野球記録をみると、歴代最高の三振王は1955個(2338試合)の清原和博選手。佐藤選手に限らず、プロ野球選手たるもの三振王を目指す人もいないでしょうが、巨人時代の清原さんの三振の多くもフルスイングで潔くて、阪神ファンから見てもカッコいいものでした。ちなみに、いまのペースのまま清原選手と同様の試合数で佐藤選手が現役を終えた場合、三振数は3741個となるというのが、現在の三振ペースのすさまじさを物語っています▼さてさて、我らが佐藤輝明は、どこまでフルスイングを貫けるのでしょうか? いまはチーム状態もいいので大丈夫ですが、人気球団ゆえに負けが込みだすと戦犯として叩かれる予感があります。でも、ヒーローインタビューでの受け答えで想像する限り性根も太い男な感じもするので、チームの調子が落ちても貫け、佐藤輝明。振れ振れ、佐藤輝明。コロナ禍で世の中全体が委縮せざるを得ないいまだからこそ、阪神ファンはあなたのフルスイングを見るのがなによりの楽しみなのですから(唐澤和也)