からの週末2020703(金)
長澤まさみと四つの幸せ
▼今週は思い出した話です▼さてさて、なにを思い出したかと言えば、先週に引き続き昨夜も『BG 身辺警護人』を堪能したわけだが、キムタクにハマるきっかけとなった映画『マスカレード・ホテル』のもうひとりの主演・長澤まさみさんについて思い出したのだった▼彼女がまだ高校生だった頃に、インタビューを担当させてもらったことがある。高校生だというのに言葉に個性があるというのか、十代なりの重心が言葉に乗かっているというのか、難しい言葉でも飾った言葉でもないのに(いや、飾ってないからこそ)その日の彼女のインタビューは全編にわたっておもしろかった。あっという間のその日最後の質問で「どうでもいいことを聞いてもいいですか?」と僕は聞いた。「いいですよぉ」と笑う彼女。こんな前フリをインタビューアーがする場合なんて、どうでもよくないに決まっている。そうでもして聞きたかった最後の質問は「長澤さんって本名ですよね? デビューするにあたって、簡単なほうの沢に変えようとは思わなかったですか?」だった▼あれ? 苗字に沢、あるいは澤が付いてない方にとっては、どうでもいい質問なのだろうか?▼いやいやこの問題はですね、苗字に澤の付く者としてはけっこう重大なことなんです。しかもですよ。いまでこそ、長澤だろうが唐澤だろうが、澤が多数派な気がするけれど、15年ほど前の当時は沢のほうが圧倒的にメジャーだったのだ。実際、長澤さんのインタビューのちょっと前までの僕にしても、雑誌の取材・文というクレジットには唐沢和也と書いていた▼じゃあ、いかにして唐沢和也は唐澤和也となったのか?▼ある週刊誌の校正(雑誌等が世に出る前の最後のチェック)をしていた夜のこと。遅い時間にめったにかけてこない母親から電話があり、なんだか嫌な予感がして出てみると「どっち?」と突然に問われた。この文章の展開ならばだいたいのことが想像つくが、めったにしてこない深夜の電話でいきなりのどっちは戸惑いしかうまれない。母の声のトーンから、身内の不幸とかではなさそうで安心しつつも、意味がわからないことには変わりがない。「どっちってなにが?」「からさわのさわ。難しいほう? 簡単なほう?」。いやいや、シンプルに唐沢ですよと。実家の表札には堂々と唐沢と書かれていたし、あなたが通わせてくれた書道塾でも漢字が書けるようになってからは唐沢和也と書いてたでしょうがと思いつつ「簡単なほうだよ」と答える。「ふーん。でも今日から難しいほうの澤ね」と母。いきなりの深夜の電話の突然の改漢字決定に意味不明がとまらないので詳しく聞くと、神社に行って息子である僕の姓名判断的なものをしてもらったら「唐沢よりも唐澤のほうがすっごくいいって言われたから」とのこと▼すっごくいいって、すっごくアバウトだなぁと、すっごく思ったけれど、週刊誌の校正をしていたというタイミングが絶妙だった。ふと視線を落とした校正紙には「取材・文/唐沢和也」とクレジットされている。母の電話を切ってからじいっとその文字を眺めていると、なんだかすっごくよくはないように思えてくる。試しに赤字で唐澤に変えてみた。眺めてみる。「取材・文/唐澤和也」。なるほど。なんかいい。というか、すっごくいい。気がする。というわけで、その日以来、唐沢和也改め唐澤和也となったライターの目の前にデビューからずっと澤のほうを愛用してきた長澤まさみさんがいて、その理由を答えてくれた▼彼女いわく、沢よりも断然澤がいい。なぜなら澤には四つも幸せがあるのだから。日本では四=死をイメージして縁起がよくないとする人もいるけど、彼女にとっての四は幸せの〝し〟。デビューのきっかけとなった東宝シンデレラオーディションの応募番号も4番だったからと彼女は笑った▼当然のごとく、長澤さんの名言=パンチラインはその雑誌の原稿でも書かせてもらった。でも実は、誌面には載せなかったさらなるパンチラインがあった。先述の名言に続けて「でも、澤には川とかをイメージするさんずいがあるじゃないですか? だから、せっかくの四つの幸せも流れちゃうんですけどね」と、いたずらっぽく笑ったのだ。恐るべき十代! エピソードにオチをつけていたのが、おもしろくてかっこよかった▼ここまで書いてきて、急に思い出したのは、そもそも論である▼そもそも、なぜ屋号をパンチラインプロダクションにしたのかといえば、長澤さんのインタビューのような名言=パンチラインを聞けるのが大好きだったからだ▼ニワトリか卵か的な話でいえば、パンチラインというワードが個人的に大好きなお笑いとヒップホップに共通するものであるという理由も大きかった。お笑いのほうは、トム・ハンクスの映画『パンチライン』が有名で〝オチ〟の意味で、ヒップホップのパンチラインは、ひとことで言うとなんなんだろう? 韻を踏んでる聞かせどころ、とかか。最近では韻を踏んでいなくても強烈な印象を与えるワンフレーズもパンチラインと呼ばれている印象もあるが、まぁ、そんな感じで株式会社でもないのに屋号として、パンチラインプロダクションを名乗ったのだったのだった(唐澤和也)